「騎兵って…どんなの?」花形の兵科の知識が260年間欠けていた日本 いるのは「馬の形をした猛獣」ばかり!? 試行錯誤の歴史とは
日本に近代的な騎兵用の馬が導入されたのは幕末だといわれています。江戸幕府はフランス陸軍を参考としていたため、軍事指導にあたっていたフランスからアラブ種の馬が寄贈されました。
ようやく整備された第二次世界大戦中は?
第一次世界大戦を境に、騎兵の有効性は銃火器の発展や戦車の登場とともに次第に薄れていきました。しかし、あらゆるものが自動車化・機械化されている現在とは異なり、当時は状況によっては依然として有効な兵科でもありました。
日中戦争および第二次世界大戦では、主に中華民国軍を相手とした大陸での作戦において騎兵部隊が運用されており、特に騎兵第4旅団は、当時の日本軍に唯一残された大規模な乗馬騎兵部隊として、騎兵突撃なども実施しています。この突撃は、戦史上において「最後の大規模な乗馬襲撃の成功例」と評されることもあります。
なお、日本では日中戦争から第二次世界大戦にかけて、輓馬や駄馬として徴発された馬が約100万頭にのぼったといわれています。当時、物資輸送や伝令など、戦闘に直接関わらない任務まで自動車や装甲車で行っていたのは、主要参戦国のなかでもアメリカ軍くらいであり、機械化の遅れていた日本軍は、物資輸送や情報伝達に軍馬を駆使することでそれを補っていました。
馬の徴発令状は青色の紙であったことから「青紙」と呼ばれ、馬が貴重な労働力であった農村では、召集令状である「赤紙」によって徴兵された兵士と同様に、手綱を引いて盛大に見送られたといわれています。
これらの戦争で未帰還となった軍馬は約50万頭にのぼるとされます。この数字だけでも非常に大きなものですが、戦後は現地に残された馬がほとんどで、日本へ兵士とともに帰還した馬については、正式な記録が残されていないため正確な数は不明です。ただし、多く見積もっても数千頭程度だったと考えられています。後年、日本人とともに戦い、日本兵以上の「戦死率」であった軍馬を慰霊するため、「戦没馬慰霊像」が靖国神社に建立されています。
2026年現在、自衛隊では、馬術といったスポーツ競技の訓練を目的として、自衛隊体育学校のみが馬を飼育しています。兵種としての騎兵はすでに存在せず、その役割は機甲科が担っています。欧米諸国でも「騎兵」という名称自体は残っているものの、実際の乗馬騎兵は式典用に限られ、実働部隊の多くはヘリコプターや装甲車を運用する部隊となっています。
Writer: 斎藤雅道(ライター/編集者)
ミリタリー、芸能、グルメ、自動車、歴史、映画、テレビ、健康ネタなどなど、女性向けコスメ以外は基本やるなんでも屋ライター。一応、得意分野はホビー、アニメ、ゲームなどのサブカルネタ。





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