第二次大戦で活躍した戦艦「金剛型」、実はその前に退役する予定だった? 時代を変えたかもしれない金剛代艦とは
「ワシントン海軍軍縮条約」の条文には主力艦の代艦建造規定として、艦齢20年に達した戦艦を新造艦で置き換えるという規定がありました。もし、日本が「金剛型」の代艦を建造していたら、どうなっていたのでしょうか。
もしかしたらその後の歴史にも影響?
順調にいくとこうなるのですが、そもそも最初の1934(昭和9)年に金剛代艦型2隻が出現した時点で、歴史が大幅に変わってしまう可能性が高いです。
この時点では史実の条約明け新型戦艦(キングジョージ5世級、ノースカロライナ級、リットリオ級、リシュリュー級、大和型)は起工すらしていません。史実の1934(昭和9)年とは、ドイツのドイチュラント級装甲艦が出現し「26ノット(48.1km/h)の高速で28.3cm砲を備えている」ことから、フランスが対抗のために、高速のダンケルク級戦艦を建造中というタイミングです。
日本が40.6cm(実際は41cm)砲10門で、25ノット(46.3km/h)は出ると思われる戦艦を1931(昭和6)年に起工したのなら、条約で排水量や主砲口径の通知義務があるため、対抗するために各国が40.6cm砲を備えた巨大戦艦を建造することになります。つまり、史実で出現した各国の新型戦艦は、フランスのダンケルク級と、ドイツのシャルンホルスト級以外、何一つ存在しなくなる可能性が高いでしょう。
史実でアメリカがフロリダ級戦艦、ワイオミング級戦艦計4隻の代艦として計画していたのは、基準排水量3万1500トン、40.6cm45口径砲8~9門、舷側装甲368mm、水平装甲95~114mm、速力21ノット(38.9km/h)の戦艦3隻だと思われますが、この性能では金剛代艦には対抗できないという話となり、おそらく3万5000トンクラスに変更となる可能性が高いのではないでしょうか。
イギリスも1934(昭和9)年にアイアンデューク級戦艦4隻と、「タイガー」を破棄すれば、12万8500トンが開きますから、3万5000トン級3隻建造可能です。恐らく史実でも検討された「40.6cm砲9門、軽防御、27ノット(50km/h)」程度の戦艦になるでしょう。
ただ、アメリカは1929(昭和4)年に始まった世界大恐慌の直後、イギリスも1931(昭和6)年に金本位制を停止するほど、経済状態が悪い時期になります。フランスやイタリアはワシントン海軍軍縮条約で認められた戦艦の建造すら抑制的でした。
つまり、日本が41cm砲戦艦9隻を1941(昭和16)年までに順次建造し、超高性能戦艦だけで性能統一を達成するという未来は、どの国も避けたいはずです。
そう考えるなら、日本に圧力をかけてロンドン海軍軍縮条約に相当する軍縮条約を結ばせようとするでしょう。この場合建造済みの金剛代艦が交渉材料として効いてきます。特に米英は、「これ以上金剛代艦型を増やさない」ことを条件に史実の巡洋艦以下保有制限が対米英比6.975割ではなく、当初の希望通りである7割を実現できたかもしれません。
その場合、史実で発生した統帥権侵犯の大騒ぎも起こらず、浜口雄幸首相銃撃事件も発生しない可能性もあります。このときの、司法判断などで犯人が減刑されたことなども影響し、後の五・一五事件や二・二六事件などの遠因にもなりました。そのため、仮に金剛代艦が実現していれば、もう少し落ち着いた日本になっていたかもしれません。
存在がオープンで超高性能なだけに、大和型戦艦よりも歴史に影響を及ぼした可能性がある。それが金剛代艦の持つ可能性だと考える次第です。
Writer: 安藤昌季(乗りものライター)
ゲーム雑誌でゲームデザインをした経験を活かして、鉄道会社のキャラクター企画に携わるうちに、乗りものや歴史、ミリタリーの記事も書くようになった乗りものライター。著書『日本全国2万3997.8キロイラストルポ乗り歩き』など、イラスト多めで、一般人にもわかりやすい乗りもの本が持ち味。





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