全長674km「偉大なるローカル線」に2.2kmの「ちょろっと支線」なぜできた? “終点”なのにみんな降りない…変化した運行形態
「偉大なるローカル線」ともいわれ、営業キロ673.8kmを誇る山陰本線には、わずか2.2kmの支線があります。長門市~仙崎間を結ぶ通称「仙崎支線」です。なぜこのような短い支線が作られたのでしょうか。
貨物支線から始まった仙崎支線
JR山陰本線は、京都~幡生間の営業キロが在来線で日本最長の673.8kmを誇ります。そのほとんどの区間が非電化単線であり、輸送人員が少ない区間も多く、風光明媚で近代化も遅れたことから、紀行作家の宮脇俊三氏は「偉大なるローカル線」と呼んだほどです。
この山陰本線には、わずか2.2kmの支線があります。山口県長門市内の長門市~仙崎間を走る通称「仙崎支線」です。
仙崎支線は、厚狭-長門市間を南北に結ぶ「美祢線」が2023年に被災して運行不能となるまでは、列車が美祢線と直通運転するのが基本でした。この流れを受けて、現在の美祢線代行バスにも、仙崎駅まで直通する便があります。この仙崎支線は、美祢線と一体となって歩んできました。
美祢線は1905(明治38)年の山陽鉄道による厚狭~大嶺の開業を皮切りに、私鉄と国が路線を延伸・国有化といったプロセスを経て1924(大正13)年に正明市(現・長門市)まで全通。「美禰線」(後に「美祢線」)と改名されます。
そして1930(昭和5)年、正明市~仙崎間の貨物支線が開業しました。この時点では貨物支線も美禰線に属していました。1933(昭和8)年、この貨物支線は山陰本線に編入され、同年に旅客営業も開始しています。
国鉄時代には仙崎漁港で水揚げされた海産物を売る行商客の利用が多かったことから、仙崎発の始発列車は早朝の4時台に設定されていました。1978(昭和53)年には1日20往復運転されていた時期もありました。現在は1日6往復で、始発も朝6時台です。





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