空軍へのライバル心で誕生! 米海軍の「4発ジェット爆撃飛行艇」 “身内”に葬られた「異形機」の末路

冷戦初期、アメリカ海軍が開発した異形の「4発ジェット爆撃飛行艇」。新設された空軍への強烈な対抗心と、核攻撃能力への執念が生み出した水上の怪物です。しかし、その運命は皮肉にも海軍自身の“技術進歩”によって絶たれました。

核爆弾が重すぎる… 米海軍が編み出した“海面利用”の苦肉の策

 発着の際に水面を用いる飛行艇は、第2次世界大戦においては対潜哨戒や洋上偵察、救難などの任務に重用されましたが、戦後、陸上機と艦上機(空母搭載機)、それにヘリコプターが大きな進化を遂げたことで、活躍の場が狭まっていました。

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飛行中のマーチンP6Mシーマスター。胴体尾端部には自衛用の遠隔操作式20mm機関銃2門が装備されている(アメリカ海軍)

 ところが、アメリカ海軍は激化の一途をたどる冷戦中の1950年代初頭、ジェットエンジン搭載の爆撃飛行艇を開発します。なぜ陸上発着の大型爆撃機が充実していたなか、あえて飛行艇ベースで爆撃機を生み出したのでしょうか。

 第二次世界大戦の終結から半年程度しか経っていなかった1946年3月21日、アメリカ陸軍航空軍(のちのアメリカ空軍)は「防空航空軍(ADC)」、「戦術航空軍(TAC)」とともに、「戦略航空軍(SAC)」を創設します。

 戦略航空軍は、敵国の深奥に核爆弾まで含む各種爆弾を用いた戦略爆撃を加えるための組織です。なお、当時の核爆弾はまだ小型化がそこまで進んでおらず、大きく重量があったため、B-50やB-36といった多発大型の戦略爆撃機でなければ搭載できず、同航空軍はこれらの機体を装備・運用していました。その後、1947年9月にアメリカ空軍が創設されると、これらの航空軍はそのまま継承され、空軍隷下の第一線部隊として運用されました。

 このように、空軍は核爆弾の運用能力を保有していましたが、海軍にはそれがありませんでした。空母発着の艦上機では、当時の核爆弾は重すぎて搭載できなかったのです。そこで、とりあえず陸上機であるP2V「ネプチューン」対潜哨戒機に核爆弾を搭載し、強引に空母から片道出撃させるといった苦肉の運用方法などを講じましたが、このような泥縄の策ではなく、空軍と対等の核爆弾運搬手段を保有する必要がありました。

 また、打開策となる大型機の運用が可能な超大型空母「ユナイテッド・ステーツ」の建造も、いったんは決まったものの予算の問題で中止となってしまいました。

 こうした事態を受けて、海軍は飛行艇に目を向けます。面積が限られた空母の飛行甲板ではなく、広大な海面を用いれば、大型機であっても比較的容易に運用できると踏んだのです。

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