【懐かしの国鉄・私鉄写真】「黄色い山手線」「違う色が混ざった横須賀線」「東急の青ガエル」カラーで撮ってた 60年前の東京を走っていた鉄道の“色”

国産ネガカラーフィルムの普及が始まったのは、1966(昭和41)年頃です。この黎明期に東京都内を走る国鉄・私鉄の列車を撮影しました。60年前の鉄道車両の貴重なカラーの記憶と記録が、色鮮やかに蘇ります。

この記事の目次

・東北本線を全線走破する気動車特急「はつかり」

・最初の「スカ色」は塗り分け位置が違った

・ラインカラーの定着前夜まで走っていた「黄色い山手線」

・カーブを駆ける東横線の「急行青ガエル」

【画像枚数】全21点

東北本線を全線走破する特急は、まだ気動車だった

 今から60年前の1966(昭和41)年、私は大学生で写真部に入っていました。撮影はもっぱらモノクロフィルムでしたが、国産でASA(現在のISOに相当)100のネガカラーが発売されたので、値段と相談しながら恐る恐る使ってみました。

 ちょうどこの頃が国産ネガカラーフィルムの黎明期で、1964(昭和39)年に小西六写真工業(後のコニカ)からサクラカラーネガティブ100が発売。ASA100のネガカラーは世界初でした。1967(昭和42)年にサクラカラーN-100にモデルチェンジされ、現像後のフィルムベースがオレンジ色になります。

 ライバルの富士写真フイルムは、1963(昭和38)年にオレンジベースのフジカラーN64を発売。1965(昭和40)年にASA100のフジカラーN100となります。これの値段は20枚撮り、現像料別で420円でした。

 私が使ったのはサクラカラーネガティブ100で、フジカラーと比べても発色の傾向にさほど大きな違いは見られません。カラーフィルムを意識して色見本のような被写体を選んで撮影していました。

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401系の常磐線下り列車。行き先は草野になっている。パノラミックの前面で低運転台は153系と401・421系のみ、近郊形で前面に行き先を表示するのは常磐線と中央東線だけだった(鶯谷/1966年7月、楠居利彦撮影)
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尾久から推進で上野に向かう回送列車。客車に号車札が入っているから、折り返しは臨時の急行になるのだろう。EF57はEF58と共通運用だから、EF57同士の重連は珍しかった(鶯谷/1966年7月、楠居利彦撮影)

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Writer:

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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