「騎兵が戦車に突撃」はウソだった? 実は“超精鋭”なポーランド騎兵の真実 現在進行形でまさかの“復活”も
「ポーランド騎兵がドイツ戦車に無謀な突撃を行った」という話は、第2次世界大戦の有名な逸話ですが、実はプロパガンダでした。近代兵器で武装した精鋭部隊だったポーランド騎兵の実像に迫ります。
「騎兵」の名はエリートの称号に
1939年の戦役では、ポーランド軍騎兵は16回の攻撃を実施したことが記録で確認されています。しかもそのほとんどで任務を達成しています。
当時、ポーランド陸軍の全兵力の約10%が騎兵だったとされています。それらは機動戦略予備として馬で機動できる歩兵の扱いでした。75mm砲、豆戦車、37mm対戦車砲、40mm対空砲、対戦車ライフルなどの近代的な兵器を装備し、戦線の穴を埋める「火消し」の精鋭部隊だったのです。
一方のドイツ戦車部隊は、装甲も火力も貧弱なI号・II号軽戦車がほとんどで、機動力の高いポーランド騎兵と対戦車火器の組み合わせは、ドイツ戦車を悩ませました。
ドイツのI号・II号軽戦車は10年を経ずしてVI号重戦車「ティーガー」まで超進化したように、当時の戦車進歩は異次元レベルでした。一方で馬も第二次大戦を通じて使われ続け、単なる輸送手段にとどまらず、乗馬で機動力のある歩兵部隊として騎兵は各国で運用されています。
ちなみに戦史上最後の騎兵による大規模戦闘は、1945年3月、日中戦争の老河口作戦で、日本陸軍騎兵第4旅団が中国軍の老河口飛行場に対する攻撃とされています。ただしイメージするような乗馬襲撃ではなく、戦車隊の支援も受けた機動展開作戦で、歩兵として下馬戦闘をしています。
第二次大戦後は現役の戦闘職種としての騎兵は姿を消しました。しかし「騎兵」という名称そのものは、各国軍で今も生き残っています。
現代における騎兵の後継は、機甲部隊・空挺部隊・航空部隊といった、高い機動力を持つ兵科です。馬は兵器ではなく、騎兵の名は歴史と伝統、そしてエリートの称号として受け継がれているといえるでしょう。





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