存在しない学校名の駅+存在する学校名の駅=やっぱり「存在しない学校名の駅」に!? ややこしすぎる駅 名残は「昔からあるナゾの三角地帯」に
西武多摩湖線「一橋学園駅」には、同名の教育機関は存在しません。なぜ、存在しない学園名が駅名となったのか、その理由は統廃合された駅の歴史にあり、その名残は今も残されています。
旧2駅はどこにあった?今も残る当時の名残
統合された2駅の面影は、現在でもわずかに確認できます。
「小平学園駅」は、現在の一橋学園駅北側の踏切を超えた付近に位置していました。跡地周辺は現在、「学園一番街」という商店街となっており、雑居ビルなどが立ち並んでいます。
この周辺は踏切が多く、一橋学園駅も踏切に挟まれた構造になっています。「小平学園駅」があったとみられる場所も、2つの踏切に挟まれていました。
一方、「一橋大学駅」があった場所も、現在は商店街になっています。
当時の地図によれば、駅は現在の「学園西町交番」の南側に隣接していたようです。交番の警官に話を聞いたところ、「数年単位で勤務先が変わるため、当時を知る人はいない」といい、周辺を歩いてみても、駅の存在を示す案内板などは見当たりません。
しかし、多摩湖線と並走する道路(市役所西通り)には途中、不自然なほど大きな三角形の植え込みを中央に持つ変形交差点があります。これは「一橋大学駅」の正面にあった駅前広場の名残で、今でも小さなベンチが設置されています。
地元の人によれば、「昔からあるナゾの三角地帯」という認識だといいます。かつて駅や駅前広場が存在していたことは、あまり知られていないようで、ベンチも「使ったことはないが、お年寄りがたまに座っているのは見たことある」ということでした。
なお、「一橋大学駅」は相対式2面2線の駅でした。当時、萩山方面行きの本線として使われていた線路は、現在も使用されています。
一方、旧国分寺方面の本線は、その後留置線として使用されていました。現在は線路こそ残るものの使われていませんが、踏切付近からは、その痕跡を確認することができます。





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