旧「万世橋駅」のいま 交通博物館の休憩所は階段に カフェ、ビアバーも 東京の「今昔」体感(写真15枚)

中央線の神田~御茶ノ水間には、かつて「万世橋」という駅がありました。この場所は「交通博物館」を経て、現在は商業施設に。明治時代に開業した駅の遺構があり、東京の「過去」と「現代」を体感できるスポットになっています。

戦前の駅の遺構を活用した商業施設

 日本のカルチャー発信地、秋葉原からほど近い場所に、東京の鉄道史を伝える貴重な遺構が残されています。

 秋葉原の南、神田川の向こうに見える赤レンガの高架線路。中央線の電車が行き交うその下に、JR東日本グループが運営する商業施設「マーチエキュート神田万世橋」があります。ここにはかつて、現在の鉄道博物館の前身にあたる交通博物館、さらに昔には国鉄の万世橋駅がありました。

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2006年に特別公開された旧万世橋駅ホーム。駅名標はレプリカ(2006年4月、栗原 景撮影)。

 万世橋駅は、1912(明治45)年に中央本線の始発駅として開業した駅です。東京駅と同じ、辰野金吾が設計した美しい赤レンガ駅舎があるターミナルとして親しまれました。ところが1923(大正12)年、関東大震災によって駅舎が倒壊。復興都市計画による交差点の移設や、中央本線の全通などによって、万世橋駅の利用者は激減してしまいます。

 1936(昭和11)年、万世橋駅の敷地に、「鉄道博物館」(旧)が開館しました。それまで東京駅の高架下にあった施設が移転したもので、万世橋駅は博物館直結の駅に生まれ変わったのです。しかし、まもなく日本は戦争への道を進みます。1943(昭和18)年、万世橋駅は不要不急の駅として、営業休止(事実上の廃止)に追い込まれました。

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神田川沿いにある旧万世橋駅、「マーチエキュート神田万世橋」。暖かい日にはオープンデッキを歩くこともできる(栗原 景撮影)。
かつてのホームを整備した「2013プラットホーム」。西側にはカフェ兼居酒屋があり、オープンデッキの客席もある(栗原 景撮影)。
鉄道博物館が開館した1936年ごろの万世橋駅ホーム。右端に現在の「1912階段」が見える(画像:鉄道博物館)。

 戦後、鉄道博物館(旧)は「交通博物館」として再スタートを切り、半世紀以上にわたって多くの人々に親しまれました。万世橋駅が復活することはありませんでしたが、ホームや階段などの設備は、長年閉鎖されたまま残されていました。

 2006(平成18)年5月14日、交通博物館が閉館。残された旧万世橋駅の遺構を利用して、2013(平成25)年9月に「マーチエキュート神田万世橋」がオープンしました。

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1件のコメント

  1. 常陸野ブルーイング・ラボのあった空間は博物館の末期に雛形あきこ主演の戦中を扱うドラマかなんかの撮影をしていたはず