YS-11のたどった航跡といま 戦後初の国産旅客機、残る自衛隊機も退役すすむ(写真14枚)

「戦後初の国産旅客機」という肩書が広く知られるYS-11ですが、そもそもどのような飛行機なのでしょうか。商用運航からすべて引退したいまも、自衛隊機はまだ運用が続いているのはなぜでしょうか。2018年5月の現状を交え解説します。

YS-11の誕生から生産終了まで

 1945(昭和20)年、太平洋戦争の敗戦によって連合国に占領された日本は、占領軍により航空機の研究、開発や運用が禁止されていました。1952(昭和27)年に締結されたサンフランシスコ講和条約により再び独立し、航空機の開発、運用がようやく解除となります。

 占領政策により停滞した日本の航空産業でしたが、1956(昭和31)年に国産旅客機の開発計画が立ち上がり、1957(昭和32)年には輸送機設計研究協会が設立され、零戦を設計した堀越二郎をはじめ戦前の航空機産業を支えた技術者たちが集まり開発がスタートします。ちなみにYSの名は輸送機設計研究協の「輸送機のY」と、「設計のS」から、11は最初の1がエンジン候補の番号、次の1が機体の採用案の番号となっています。

 1959(昭和34)年には研究会は解散し、官民共同の特殊法人である日本航空機製造株式会社が設立され開発を引き継ぐことになりました。そして1962(昭和37)年には、名古屋空港で試作第1号機が初飛行に成功します。しかし、機体の安定性などに問題があり、そのため改修を余儀なくされ、民間での運用は初飛行から3年後の1965(昭和40)年となりました。

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西武新宿線航空公園駅前に展示されている元エアーニッポンのYS-11A-500R(石津祐介撮影)。
展示機は入間基地に着陸後、分解され陸路で運ばれた(石津祐介撮影)。
航空自衛隊に導入された飛行点検型YS-11FC(石津祐介撮影)。

 航空自衛隊への導入は1965(昭和40)から始まり、人員輸送型のYS-11P、貨物輸送型のYS-11C、飛行点検型のYS-11FCなどが導入されました。ほかに海上自衛隊、海上保安庁や航空局などの公官庁でも採用されました。

 海外へも積極的にセールスを行い、アジアやアメリカ、南米でも導入され好調なセールスを記録しますが、海外デベロッパーとの取引トラブルや部品供給の遅れなど様々な問題が生じます。そして市場でのシェア拡大を優先したため、原価割れでの販売を続けてしまい、結果的に経営赤字に陥ります。やがてこのままでは黒字転換は無理と判断され、1971(昭和46)年4月には生産中止が決まります。そして1983(昭和58)年に日本航空機製造は解散。YS-11は合計で182機が製造されました。

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コメント

3件のコメント

  1. 記事中に出てくるのはP-2JじゃなくP2V7の画像では?

    • そっちの方が怪獣に多く登場してるんだよな

    • 怪獣映画に多く登場してるんだよなだった

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