カルロス・ゴーン時代の日産を振り返る どん底からスタートした約20年の足跡とは?

試練の2011年を乗り越えて

 翌2011(平成23)年は、日産をはじめとした日本の自動車メーカーにとって試練の年となります。東日本大震災とタイの洪水です。日産においては、事故を起こした福島第一原子力発電所のすぐ近くにある、福島県いわき市の工場が大きな被害を受けます。また10月のタイの洪水では、現地の日産工場への被害はなかったものの、サプライチェーンが被害を被った影響から、1か月ほど生産が中断されました。

 その2011年に、日産は新たな計画を発表します。それが「日産パワー88」です。これは2011年から2016年までの6年計画で、「世界シェア8%」「利益率8%」を目指すというものでした。しかし、残念ながら2016年度の結果を見ると、どちらも6%代に留まり、目標をクリアすることはできませんでした。

 とはいえ日産の、2016年度における世界市場での販売台数は562万6000台(2010年度比+35%)、売上高は12.8兆円(同+45%)と、業績自体はしっかりと伸ばすことに成功しています。

三菱自動車を加えアライアンスは世界の頂点へ

 日産は2012(平成24)年、「ラーダ」ブランドを販売するロシア最大の自動車メーカーであるアフトワズに出資。さらに、2016年には三菱自動車にも出資。アライアンスは、ルノー・日産・三菱自動車という新たな形となりました。

 2017年に上記アライアンス3社が、世界200国で販売するのは、「ルノー」「日産」「三菱自動車」「ダチア」「ルノー・サムスン」「アルピーヌ」「ラーダ」「インフィニティ」「ヴェヌーシア」「ダットサン」という10ブランド。販売台数は2017年で1060万8366台にもなりました。これは、フォルクスワーゲン・グループには届かなかったものの、トヨタを上回るという数字。ただし、3者の差はわずかに数十万台です。ルノー・日産・三菱、フォルクスワーゲン、トヨタの3者が世界トップを争うという状況になっていたのです。ちなみに日産単体でいえば、2017年は過去最高の577万台。1998年の2倍以上の台数です。

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2018年上半期、7万3380台を販売し、国内の登録車販売数1位を記録した「ノート」(画像:日産自動車)。

 カルロス・ゴーン氏がやってきた1999年の日産は、いまにも潰れそうなジリ貧の会社でした。それが約20年をかけて再生・成長を遂げ、気がつけば世界のトップを伺えるところまできたのです。こうした成功は、やはりゴーン氏がいなければ、なし得るものではなかったはず。経営者としては超一流。それがカルロス・ゴーン氏ではないでしょうか。

【了】

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コメント

1件のコメント

  1. CCSCモデルがこんなに影響力があるとは。