奇跡の豪華駅弁「元気甲斐」 業者を救ったテレビ番組コラボ弁当、誕生から30余年

中央本線の小淵沢駅で販売されている駅弁「元気甲斐」は、紀行作家の宮脇俊三さんもお気に入りだったという名物駅弁。実はテレビ番組のタイアップで作られ、そうそうたる人々が関わり誕生したものです。

発売時には3000人が押し掛けた

 八ヶ岳の山麓に位置し、JR中央本線と小海線が接続する小淵沢駅(山梨県北杜市)。この駅では、地元の駅弁業者「丸政」が1929(昭和4)年から、構内で駅弁の販売や立ち食いそば店の営業をしています。

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小淵沢駅ホームにある丸政の売店。看板商品は「元気甲斐」(oleolesaggy撮影)。

 丸政は昭和40年代には全国でも珍しい、生野菜を豊富に使った「高原野菜とカツの弁当」を販売し人気を博します。しかし、その後の観光ブームで清里など小海線沿線地域が注目されたうえ、県都の甲府駅も比較的近いため、一時は「小淵沢で駅弁を買ってもらえない」状態に陥りました。

 その丸政の歴史を変えたのが、1985(昭和60)年10月に発売された「ふもとの駅弁・元気甲斐」(以下「元気甲斐」)です。上下2段に14品目のおかずを詰め込んだ駅弁は話題を呼び、発売当日には3000人以上が訪れ、新聞に「駅弁騒動」とまで書かれるほどでした。

 それまで小淵沢の駅弁は1日80食から150食程度の売上でしたが、このときは2500食を完売。遠く岡山や仙台から来た人々の中には「元気甲斐」にありつけず帰った人もいたとか。その後も人気は続き、『時刻表2万キロ』などで知られる紀行作家の宮脇俊三さんも、この駅弁が大のお気に入りだったそうです。

 発売時にこれほどの注目を集めたのは、この駅弁が当時のテレビ番組「愛川欽也の探検レストラン」(テレビ朝日系列)とのタイアップで生まれたものだったから。番組の「何でも食べて実験する」というコンセプトのもと、周りの地域に押されて苦戦していた小淵沢の駅弁をプロデュースする企画が放映されていたのです。

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コメント

2件のコメント

  1. 当時高校生でしたが、前夜新宿発23:55の長野行き普通列車で発売初日に買いに行ったのが思い出されます

  2. 懐かしいなあ、愛川欽也の探検レストラン。
    この駅弁プロデュースのシリーズは視てました。
    その後数年経って、一人旅が許されるようになってから買いに行って、小海線が来るまでの乗り継ぎ時間で待合室で食べました。
    美味しかったなあ。