「不沈」「不死身」とうたわれた旧軍重巡「青葉」の最期 3度の大破も生き残った幸運艦

「大破」の辞書的意味は「修理できないほど大きく破損すること」となりますが、旧海軍の重巡「青葉」は、3度の大破を経験しつつも沈まず呉へ帰りつきました。中曽根康弘元首相も乗り組んでいた「青葉」の航跡を追います。

3たびの大破で終焉の地、呉へ

 約4か月に渡る修理の後、「青葉」は1943(昭和18)年2月下旬にトラック泊地へ舞い戻り、再びラバウル方面で最前線に立つようになります。しかし、4月3日にラバウル近傍のニューアイルランド島カビエンにおいて、アメリカ軍のB-17の爆撃を受け損傷、さらに搭載魚雷の誘爆によって大破となりました。浅瀬で擱座(かくざ。座礁し動けなくなること)したため沈没は免れましたが、応急修理ののち、再び呉に戻り本格修理となりました。

 ところが今度は機関部が修理されなかったため、速力は28ノット止まりとなり、1943(昭和18)年12月に戦線復帰したものの、比較的後方のシンガポール方面で輸送任務にあたることとなりました。

 そして1944(昭和19)年10月に、兵員輸送任務で参加した捷一号作戦(レイテ沖海戦)において、潜水艦の雷撃を受け3たび大破、マニラ湾での応急修理の後、呉へ帰港の途に就くことになりました。アニメ映画『この世界の片隅で』のポスターに用いられた、艦尾から捉えた「青葉」は、この時の呉入港を描いたものです。

 この雷撃の傷は大きく、ドックを長期間占有してしまうことから修理は後回しとされ、「青葉」は呉工廠の近くに係留されたままとなります。そして1945(昭和20)年2月には予備艦扱いとなり、7月の呉軍港空襲ではアメリカ軍の空母艦載機の猛攻で被弾し着底。こうして8月15日の終戦を迎えたのです。

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1945年10月12日に撮影された「青葉」。同年7月28日の空襲で着底している。背景に見えるのは呉の街並み(画像:アメリカ海軍)。

 一等巡洋艦として建造された日本の重巡洋艦のうち、「青葉」以外で大戦を生き抜いたのは「妙高」と「高雄」しかなく、その2隻はシンガポールにあったため、イギリス軍の手によりマラッカ海峡への海没処分となりました。一方、「青葉」は日本国内の造船所で日本人の手により解体となったため、ある意味、日本の軍艦としては幸せだったのではないでしょうか。

 なお「青葉」と同じく呉で大破着底した重巡洋艦として「利根」もありますが、こちらは書類上、最後まで二等巡洋艦、すなわち軽巡洋艦扱いのままでした。戦後も「青葉」と同じく、国内で解体されています。

【了】

【写真】呉軍港空襲の航空写真に見る「青葉」

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、50年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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