「全線開通」した三陸鉄道、半年後のいま ラグビーW杯でにぎわうも道路延伸が脅威に

東日本大震災で甚大な被害が出た三陸鉄道。北リアス線と南リアス線が少しずつ運行を再開し、JR山田線の宮古~釜石間も三陸鉄道に移管され運行が始まりました。それから半年。現地はどうなっているでしょうか。

南北に分断されていた三陸鉄道

 東日本大震災から8年。多くの鉄道路線に被害が出ましたが、なかでもいち早く運行を再開し、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)の舞台にもなった路線があります。岩手県の太平洋沿いを走る結ぶ三陸鉄道です。そんな三陸鉄道が、2019年3月に“全線開通”を果たしました。

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鵜住居駅に入線する三陸鉄道の南行き。ほぼ満席となっている(2019年8月、河嶌太郎撮影)。

 もともと三陸鉄道は、宮古駅(岩手県宮古市)から久慈駅(同・久慈市)までの71kmを結ぶ「北リアス線」と、盛駅(同・大船渡市)から釜石駅(同・釜石市)までの36.6kmを結ぶ「南リアス線」に分かれていました。そのあいだの宮古~釜石間も線路がつながっていましたが、山田線というJR東日本の路線でした。

 そこに2011(平成23)年3月11日、東日本大震災が発生します。太平洋沿岸の路線を中心に甚大な被害が出たなか、三陸鉄道は震災わずか5日後の3月16日に陸中野田~久慈間で運行を再開します。さらに4日後の20日には宮古~田老間が、29日には田老~岩泉小本間が再開するという早さでした。これらの区間はいずれも被害が比較的少ない北リアス線内です。1896(明治29)年の明治三陸地震による大津波を踏まえ、ルートの多くを高台やトンネルにしていたことが功を奏しました。

 南リアス線の方は被害が大きく、2013(平成25)年4月に盛~吉浜間が運転再開するまで2年の歳月を要しました。最終的に三陸鉄道が全線復旧したのは、震災から3年後の2014(平成26)年4月です。同月5日に南リアス線の吉浜~釜石間が復旧し、続く6日に、北リアス線で被害が一番大きかった小本~田野畑間の運転が再開しました。

【写真】運転再開から半年、宮古~釜石間

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