旧日本陸軍「強襲揚陸艦」秘密兵器にしてた 空母?いえ商船です 特種船丙型 あきつ丸

飛行機も自前で用意 ただし着艦不可

 海軍が、虎の子である正規空母を陸軍の支援に出してくれることは期待できませんでしたので、陸軍は自前で用意しようとします。そこで「あきつ丸」は空母のような形となり、新造時には九七式戦闘機13機を搭載することができました。とはいえ、陸軍には空母で航空機を運用するノウハウが無く、発進させるのが精一杯で着艦させることは無理でした。航空機は発進、作戦後はどこか味方飛行場に着陸するか、不時着して機体を放棄しパイロットのみ脱出することが考えられていました。実際の作戦で航空機を運用する機会はありませんでしたが、航空機用の格納スペースは倉庫として重宝し、航空機輸送にも使われます。

「あきつ丸」は現代の揚陸艦を先取りした、使い勝手の良い成功作となりますが、本来の揚陸艦として実戦の上陸作戦に参加したのは、1942(昭和17)年3月1日のジャワ島上陸作戦が最初で最後です。

 アイデア満載の「あきつ丸」と大発は戦艦「大和」並みのトップシークレットだったはずですが、特種船第一号である「神州丸」や大発はアメリカ軍によって1937(昭和12)年ごろに中国戦線で詳細に撮影されており、このアイデアは研究されていたようです。中国戦線にアメリカは情報網を張り巡らせていました。戦争後半では上陸用舟艇を大量生産して日本軍を苦しめることになります。

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三式連絡機を運用中の「あきつ丸」。左手前に見えるのは単装九六式25mm高射機関砲。

 太平洋戦争中期以降、アメリカ潜水艦による日本の輸送船被害が急増します。海軍をあてにしない陸軍は、「あきつ丸」の航空機運用能力に注目します。短距離で離着陸のできた三式指揮連絡機を搭載して対潜哨戒用に使用しようということで、「あきつ丸」は1944(昭和19)年7月に護衛空母へ改装されます。しかし対潜作戦ではさしたる戦果を挙げることができず、輸送任務に戻りますが、1944(昭和19)年11月15日に長崎県の五島列島沖にて、アメリカ海軍の潜水艦「クイーンフィッシュ」による雷撃で撃沈されます。

 21世紀の現在、2019年度以降の「防衛大綱(31大綱)」では陸自が独自に「海上輸送部隊」を新編することを検討しています。歴史はまた繰り返していくのでしょうか。

【了】

【写真】こちらも旧陸軍の秘密兵器 強襲揚陸艦の祖「神州丸」

Writer: 月刊PANZER編集部

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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コメント

1件のコメント

  1. 民間船のタテマエで軍が徴用して、って大石英司の初期作品でVTOL戦闘機を乗せる艦艇というのがあったな。