改札から直で明治神宮初詣 最後に 変わる原宿駅 昭和10年代の世相から生まれたホーム
「宮廷ホーム」は平成時代に入り利用機会が減少
原宿駅での3つ目の鉄道遺産は、当面無くなるものではありませんが、代々木駅寄りに約200m離れてある原宿駅側部乗降場、通称「宮廷ホーム」です。皇室専用なのでこう呼ばれ、上屋のあるホーム、車寄せ、待合室などがあります。
なぜこんな所にあるのかというと、大正天皇の病状悪化のためでした。東京駅での乗降だと人目に付くため、目立たずに乗降できるようにと当地に造られたわけです。
1926(大正15)年8月、大正天皇は初めてこのホームを利用して葉山御用邸(神奈川県葉山町)へと向かわれます。そしてこのホームに戻られることはなく、同年12月に葉山御用邸で崩御されました。
昭和天皇は、崩御前年の1988(昭和63)年でも6回、多い年では20回以上、お召し列車(天皇、皇后、上皇、上皇后、皇太后が乗る特別列車)の乗降にこの宮廷ホームを利用しています。東海道本線・常磐線利用時は東京駅(昭和30年代後半は原宿駅宮廷ホーム)、中央本線・東北本線利用時は原宿駅宮廷ホームでの乗降でした(日本鉄道旅行地図帳編集部編『昭和天皇御召列車全記録』より)。
お召し列車の運転では、他の列車がお召し列車の上を通過してはならない、とされていました。原宿駅宮廷ホーム発着の場合、駒込~田端・上中里間または恵比寿~目黒間でお召し列車の走る山手貨物線の上を山手線電車が通ります。この場合、山手線電車は上記の各駅長の指示待ち停車となり、駅長がお召し列車の通過を確認してから電車の出発合図を出していました(1964〈昭和39〉年の例)。
山手貨物線が埼京線などに旅客転用され、その後も湘南新宿ラインで過密ダイヤ化などもあり、平成時代に入ってからは天皇の利用機会が減少。2001(平成13)年5月を最後に宮廷ホームは利用されていません。
2020年に失われる臨時改札、駅舎とともに、宮廷ホームが今後どうなるかにも注目していたいと思います。
【了】
Writer: 内田宗治(フリーライター)
フリーライター。地形散歩ライター。実業之日本社で旅行ガイドシリーズの編集長などを経てフリーに。散歩、鉄道、インバウンド、自然災害などのテーマで主に執筆。著書に『関東大震災と鉄道』(ちくま文庫)、『地形で解ける!東京の街の秘密50』(実業之日本社)、『外国人が見た日本 「誤解」と「再発見」の観光150年史』(中公新書)』ほか多数。
一方、都内で2番目に古い木造駅舎である「旧国立駅舎」は2020年4月4日に復元オープンします。
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