「戦闘機 合体させよう!」なぜアメリカはそう考えたのか? F-82「ツインマスタング」

朝鮮戦争で撃墜も記録 優秀性は原型機ゆずり

 レーダードーム装備の夜間戦闘機型はF-82FとF-82Gの2種類ありましたが、両者は搭載レーダーの違いだけで、基本性能は変わりませんでした。また両タイプ合計で150機生産されましたが、この数はF-82シリーズ全数273機の半分以上を占めていました。

 第2次世界大戦終結から5年後の1950(昭和25)年6月25日、朝鮮戦争が勃発しますが、最前線で運用可能な夜間戦闘機はF-82「ツインマスタング」くらいしかなかったことから、早速投入され、直後の6月27日には北朝鮮空軍のラボーチキンLa-7戦闘機1機を撃墜しています。

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主翼中央に大型のレーダードームを装備した夜間戦闘機型のF-82F「ツインマスタング」(画像:アメリカ空軍)。

 また、1947年3月28日には「ベティ・ジョー(Betty Jo)」と名付けられたF-82Bが、ホノルルとニューヨークを結ぶ無給油無着陸飛行に成功しています。両都市は直線で約8000kmあり、達成するために同機は徹底的な軽量化と燃料タンクの増設を行いましたが、その甲斐あって14時間32分かけて成し遂げました。この記録はレシプロ戦闘機による無給油での最長飛行記録として、いまだに破られていません。

 なお、本機はF-82と呼ばれる前はP-82と称していましたが、これは本機が制式化された後にアメリカ空軍が発足したことに関係しています。アメリカ空軍の前身は、アメリカ陸軍航空隊ですが、当時、戦闘機は「追撃機」という分類で、それを意味する「Pursuit」の頭文字として「P」が使われていました。

 しかし、1947(昭和22)年9月にアメリカ空軍として分離発足すると、翌年1948(昭和23)年に、「追撃機(Pursuit)」が「戦闘機(Fighter)」に改められ、それにともない分類記号も「P」から、「F」に変更されています。

 この端境期にあったため、本機は「P」と「F」の両方で呼称されるのです。同じようなことは原型のP-51「マスタング」でも起きており、空軍発足後はF-51に呼称が変わっています。

【了】

【写真】まさにニコイチ。原型P-51「マスタング」と並んで飛ぶF-82「ツインマスタング」

Writer: 柘植優介(乗りものライター)

子供のころから乗り物全般が好きで、車やバイクはもちろんのこと、鉄道や船、飛行機、はたまたロケットにいたるまですべてを愛す。とうぜんミリタリーも大好き。一時は自転車やランニングシューズにもはまっていた。

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