旧陸軍「イ式重爆撃機」2年足らずで使い捨ての理由と背景 不遇のイタリア機…なぜ?

部隊配備から2年足らずで運用終了

 イタリアはドイツと異なり、日本に対して爆撃機を輸出することに積極的でした。イタリアが提案したのは、いずれも同国の航空機メーカーによる、カプローニCa.135とフィアットBR.20の、2種類の爆撃機で、旧日本陸軍は比較審査の結果、後者の購入を決めました。

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編隊を組みながら飛ぶBR.20爆撃機。写真はイタリア軍機(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 フィアットのBR.20爆撃機は、1936(昭和11)年2月10日に初飛行したばかりの、引き込み式の脚を持ち、エンジンを2基装備する大型爆撃機でした。旧日本陸軍は早々と1937(昭和12)年後半に購入契約を結びます。

 1938(昭和13)年初頭に最初の機体が引き渡されると、旧日本陸軍ではさっそく実戦運用が始まりました。しかし、日本製の機体と異なる部品規格やエンジン不調による稼働率の低さ、故障の多さなどに前線部隊は悩まされます。また爆弾などもイタリア規格で、日本のものと互換性がないため、機体とあわせて輸入した爆弾のストックがなくなると運用に支障が出るようになりました。

 その結果、国産の新型機である九七式重爆撃機の生産が軌道に乗り運用が本格化すると、イ式重爆撃機は早々に第一線を退き、満州国(現在の中国東北部)に中古兵器として引き渡されることになります。

 とはいえイ式重爆撃機は、それまでの日本製軍用機と異なり、主要部の頑丈さや優れた耐弾性などについては評価されていました。また自衛用に12.7mm機関砲を2門、20mm機関砲を1門装備しており、そのうち12.7mm機関砲が国産の航空機搭載用機関砲を開発するにあたり参考とされます。

 短命でその役割を終えたイ式重爆撃機ですが、搭載機関砲を基に製造された12.7mm弾は、そののちも旧日本陸軍の航空機用弾薬として太平洋戦争の終結まで使われ続けたため、日本に与えた影響は小さくなかったといえるでしょう。

【了】

【写真】スペイン内戦も飛んだBR.20「チコーニャ」爆撃機

Writer: 柘植優介(乗りものライター)

子供のころから乗り物全般が好きで、車やバイクはもちろんのこと、鉄道や船、飛行機、はたまたロケットにいたるまですべてを愛す。とうぜんミリタリーも大好き。一時は自転車やランニングシューズにもはまっていた。

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コメント

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3件のコメント

  1. Благодарю ! Завертывайте а также на наш
    веб ресурс ;) Ортопедические матрасы в кривом роге

  2. Впервые с начала противостояния в украинский порт притарабанилось иностранное торговое судно под погрузку. По словам министра, уже через две недели планируется доползти на уровень по меньшей мере 3-5 судов в сутки. Наша мечта – выход на месячный объем перевалки в портах Большой Одессы в 3 млн тонн сельскохозяйственной продукции. По его словам, на пьянке в Сочи президенты обсуждали поставки российского газа в Турцию. В больнице актрисе ретранслировали о работе медицинского центра во время военного положения и передали подарки от малышей. Благодаря этому мир еще больше будет слышать, знать и понимать правду о том, что происходит в нашей стране.

  3. очень давно интересно