落下傘部隊になぜ空輸できない戦車を配備した? 陸自黎明期 第1空挺団戦車部隊の顛末
空挺団戦車隊の任務は偵察と火力支援
M24「チャフィー」は、軽戦車といっても重量は18.4tあり、当時、航空自衛隊や陸上自衛隊が保有していたC-46輸送機およびV-107輸送ヘリでは運べません。それでも第1空挺団にM24「チャフィー」が配備されたのは、創設からアメリカ陸軍に範をとり、編成も準拠したからだといわれています。
空挺団戦車隊が誕生した1960(昭和35)年当時、アメリカではM551「シェリダン」空挺戦車の開発が進められていました。M551「シェリダン」は1962(昭和37)年に試作車が完成し、1965(昭和40)年11月に制式化されますが、ちょうど陸上自衛隊に空挺団戦車隊が編成されていた時期です。
しかしアメリカ陸軍の場合は、支援するアメリカ空軍にC-124やC-5といった戦車輸送も可能な大型輸送機が配備されていたからこそ、空挺部隊でM551「シェリダン」を運用することが可能でした。ところが日本の場合は、前述したように戦車を運べる輸送機やヘリコプターが当時、存在していません。
そのため、空挺団戦車隊の5両のM24「チャフィー」は、第1空挺団所属ながら、パラシュート投下はおろか、空輸すら実施することはなく、訓練では地上を自走して追従するしかなかったそうです。
M551シェリダンって距離は知らんがC-130で輸送ができるし、低高度パラシュート抽出システム(LAPES)で空挺が可能だったはず。
もっとも故障したりで不評の戦闘車両ではあったが…。
シュリダンは、軽量化の為にアルミ製なのが、防御力や火災のリスクで難しかったのでしょうね。