21世紀に生き残った「巨大列車砲」の子孫 シベリア鉄道走る超重量列車は何を積んだ?

日本ではほとんどなじみのない「列車砲」なる兵器は、第2次世界大戦期、航空機の発達とともに世界中から姿を消しましたが、その子孫といえるものが21世紀のシベリア鉄道を走っていました。どんな兵器だったのでしょうか。

航空優勢な時代に淘汰されたはずの「戦闘鉄道兵器」

 決まったレールの上しか走れない鉄道車両が強力な兵器となることはイメージしにくいかもしれませんが、鉄道網の発達したヨーロッパや北アメリカなど大陸では、列車砲や装甲列車はよく使われました。自動車や道路が未発達だった時代、鉄道は比較的、重くて大きいものでも迅速な移動が可能で、大砲の運搬手段として、19世紀には攻撃兵器として、着想されていたようです。実用化されたのは1864年のアメリカ南北戦争が最初といわれています。

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ロシアの「列車砲の子孫」、戦闘鉄道ミサイルコンプレクス「BZhRK」を牽引する三重連の大型ディーゼル機関車、DM62型(画像:ロシア国防省)。

 第1次世界大戦では、ドイツは射程130kmといわれる口径21cmの「パリ砲」を造ります。発射された砲弾は、人間が作った物体として初めて成層圏に届いたという代物で、現代の近距離弾道弾「スカッド」などに匹敵する兵器です。攻撃を受けたパリ市民はまさか砲撃だとは思わなかったそうです。

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ドイツ軍が第2次世界大戦で使用した80cm列車砲(画像:ドイツ連邦公文書館)。

 第2次世界大戦に入ると、戦艦「大和」の46cm主砲より大きな列車砲も作られ、実戦で使われています。ドイツ軍の80cm列車砲「グスタフ」と「ドーラ」です。破壊力は絶大で、「グスタフ」は1942(昭和17)年6月6日にソ連のセバストポリ要塞への砲撃で、10mのコンクリートで防護された地下30mの弾薬庫を破壊しています。

 しかし80cm列車砲は、運用に旅団規模となる4000名の人員が必要で、展開するにもレール敷設や陣地構築に月単位の時間が掛かるという非効率な兵器でした。航空機が未発達の時代には、天候や昼夜に関係なく大火力が投射できる手段として一定の効果はあったのですが、航空機が発達してくるとその優位性が失われ、必然的に姿を消します。

【写真】鉄道車両ではなくクルマに載せると…移動中の地上移動式ICBM発射機

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