歴史の記事一覧
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いつでも「ホームに人があふれてます」 見放され続ける大混雑ターミナル駅いつ変化 兆しはあるが望み薄? 高田馬場の憂鬱
JR山手線の高田馬場駅は、利用者が多いわりに駅構内が狭く、いつも混雑しています。抜本的な対策はいくつか浮上していますが、変化は訪れるのでしょうか。
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建造されていたら歴史が変わった? 第二次大戦中に投入できなかった各国幻の空母たち
「建造されていたら、歴史を変えたかもしれない」――そのような、第二次世界大戦中の主な未完成空母について触れていきます。
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「夢の超特急」は信用できなかった? 安全・正確をつくった開業前後の苦闘と「1時間の余裕」
今や東海道新幹線は、日本の三大都市圏を結ぶ大動脈の役割を日々果たしています。しかし当初から順調だったわけではなく、開業前後には懐疑的な意見や多くの困難がありました。
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「列車に名前を付けよう」の元祖、どこへ行った? “不在”が続く超特別な「列車名」とは “似たような名前”はたっくさん!
日本で最初に愛称が正式に命名された列車は、1929(昭和4)年の特急「富士」でした。以降、この列車名は、時代にあわせて様々な列車に受け継がれます。今回はこの「富士」という列車名の歴史をたどります。
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「雷電」を作った少年たちを忘れない――東名高速の「渋滞名所」近くにたたずむ「ナゾのド派手“休憩スペース」の正体 「日本は寒かったですよ」
神奈川県大和市内の公園「ふれあいの森」には、「台湾亭」という台湾式の休憩スペースが設置されています。その背景には、旧日本軍の「名機」を作った少年たちの記憶がありました。
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「ここに理想とする高層アパートを建ててください」 山手線の車両基地がある街から実現した都市構想とは
東京の大井町にあるJR東日本の「東京総合車両センター」は、国鉄時代に鉄道の収容数を増やすことを目的として建設されました。隣には国鉄職員用の12階建て宿舎用アパートが建てられましたが、これは都心の高層化の先駆けともいえるものでした。
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中央線を「東京駅から先」へ延ばす!「プチ山手線化」案に「南北2ルート化」案!? マジメに計画された奇策の“なれの果て”とは?
輸送人員が増加の一途をたどり、このままではマヒ状態になると予測された東京の中央線。なんとかして乗客を運ぼうと、都心を目指す「追加の路線案」が複数模索されたことがありました。
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「読み直せ!」大戦果に司令部は仰天 戦艦「長門」で起きた怒号の応酬 ハワイ攻撃時の山本五十六の忘れられない顔つき【大戦「その時」】
長く連合艦隊旗艦を務め、日本国民から愛された戦艦「長門」。太平洋戦争開戦時、「長門」主計長であった大松沢文平氏が昭和47年にまとめた手記をもとに、開戦時の司令部の様子を振り返ります。
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県都の渋滞ポイント「30年越しの全線4車線化」完了へ! “鉄道の廃線跡”を「国道」にしてスッキリ化 山梨
甲府河川国道事務所は、山梨県甲府市で進めている国道52号「上石田改良」について、残る約0.5kmの区間の開通予定を発表しました。
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【懐かしの自衛隊】「タイプ74だ!」海兵隊員が見た自衛隊戦車 演習中でも構わず始まる“装備品見学会”(その1)
1970年代、東富士演習場で繰り広げられたのは、米海兵隊M48戦車と陸上自衛官の非公式な交流でした。共同演習が始まる以前、現場の隊員たちが互いの最新装備に目を輝かせた、知られざる「草の根日米同盟」の記録を紐解きます。