キャノピーあると邪魔!? 開放式操縦席の方が高評価だったイタリア戦闘機MC.200とは

第2次世界大戦の前半、イタリア戦闘機の主力を務めたアエル・マッキ社製のMC.200型。当初その操縦席は、近代的な水滴型のガラス風防に覆われていましたが、初期生産後は開放式に「退化」しています。いったいなぜ風防を外してしまったのでしょう。

極寒でも戦い続けた開放式風防の戦闘機

 こうした「退化」の例は、他のイタリア製戦闘機でも見られました。例を挙げると、フィアット製のG.50型戦闘機も試作機では密閉式風防を装備していましたが、1930年代後半に勃発したスペイン市民戦争(スペイン内戦)において、現地に派遣されたイタリア空軍部隊では不評であったため、量産機ではMC.200と同じようにあえて開放式に変更されています。

 似たような話としては、旧日本陸軍戦闘機において、空戦中は視界確保のために風防を開けたという証言が残っています。しかし、この場合も戦闘空域までは空気抵抗による速度低下を嫌って閉めていたとのことなので、現場の要望を聞き入れて風防そのものを開放式にしてしまったイタリア空軍の事情は特異な例といえるのかもしれません。

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イタリア帰還前の1943年春、ロシア戦線で出撃を行うMC.200型。厳しい冬を戦い抜いたため、塗装もかなりくたびれた状態である(吉川和篤所蔵)。

 しかし開放式の操縦席は灼熱の北アフリカではまだしも、極寒の地では勝手が違ったようです。第2次世界大戦においてドイツがソ連に攻め込むと、イタリアもドイツの同盟国として部隊を派遣します。その一環で空軍戦闘機部隊も1941(昭和16)年8月に派遣されますが、対ソ戦線の冬期、パイロットは飛行中マイナス数十度の寒気に曝されることになりました。

 開放式の風防のため、寒くてもパイロットは耐える以外に選択肢はありません。それでも延べ69機のMC.200型戦闘機は戦い続け、1943年5月に本国へと帰還するまでのあいだに15機の被撃墜と引き換えに88機を撃墜する戦果を挙げています。

 とはいえ、プレキシガラスの加工精度の向上や、航空機自体のさらなる高速度化などによって、MC.200の改良発展型であるMC.202戦闘機では完全密閉風防になり、フィアットなど他メーカーの戦闘機含め、第2次世界大戦半ば以降に登場した新型機では、開放式風防は姿を消しました。

【了】

【写真】「オープンエアになる前」のMC.200型 密閉式キャノピーで量産機よりも近代的!?

Writer:

1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「九七式中戦車写真集」や「イタリアの中戦車・重戦車写真集 」、「イタリア軍写真集」など。

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