「あってもなくても…」東急目蒲線を覚えているか 直通とは無縁な都会のローカル線
東急多摩川線も変わる 将来は京急とともに羽田空港へ?
この結果、目蒲線は多摩川駅(東京都大田区)で分割されました。目黒方面は目黒線、多摩川方面は東急多摩川線となりました。大規模な改良が行われた目黒線に比べると、東急多摩川線は目蒲線時代の雰囲気を残し、筆者にとっては懐かしい眺めです。そういえば子どもの頃、母方の親戚が沼部駅(同)付近に住んでいて「東急に線路の土地を貸しているから家賃が入る」などと言っていました。今となっては真偽不明ですが、鉄道線路の建設にあたっては、借地で線路を通すという事例もあったかもしれません。
旧態依然とした東急多摩川線区間にも変化がありました。2007(平成19)年には同線と池上線に専用の新型車両7000系電車(2代目)が投入されました。さらに現在、東京都大田区が推進する新空港線(蒲蒲線)計画に組み入れられています。東急多摩川線の矢口渡付近~蒲田間を地下化し、さらに京急蒲田駅(東京都大田区)へ延伸するものです。将来的には大鳥居駅(同)まで延伸し、京急空港線に連絡。対面乗り換え方式やフリーゲージトレインによる直通運転が構想されています。
目蒲線時代に4両編成の電車を運行した時期があるため、東急多摩川線の各駅は、車体長18m級4両編成まで対応しています。新空港線の建設に合わせて、東急多摩川線も20m級10両編成に対応させて、東横線や目黒線と直通運転する構想もあるといいます。「あってもなくてもどうでもいい」目蒲線の痕跡は、ついに消えることになりそうです。
【了】
Writer: 杉山淳一(鉄道ライター)
乗り鉄。書き鉄。ゲーム鉄。某出版社でゲーム雑誌の広告営業職を経て独立。PCカタログ制作、PC関連雑誌デスクを経験したのち、ネットメディアなどで鉄道関係のニュース、コラムを執筆。国内の鉄道路線踏破率は93パーセント。著書に『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。日本全国列車旅、達人のとっておき33選』(幻冬舎刊)など。
苦労して作ったところであってもなくても同じようなものの蒲蒲線。
多摩川のすぐ近くを走る矢口渡-蒲田間で地下化ですか?
ほとんど狂気の沙汰ですね、ちょっとした大雨でもろくも水没する情景が目に浮かびます。
筆者はWikipediaによれば私と1学年違いの池上線沿線生まれ、私は幼少時から現多摩川線沿線在住で祖父母が池上線沿線、同じ様に小学生から鉄道ファンということで、ほぼ完全に同時代の目蒲・池上線を体験していると思われます。写真も大変懐かしく拝見しました。
新空港線対応で現在の多摩川線から目蒲線の面影が失われるかも、と書かれていますが、東横線から空港方面の直通電車はおそらく途中駅を通過となる(どの駅も地上ではホームの延伸余地は無い 20m 8−10両なんて絶対ムリ まさかの目黒線同等の地下化!?)でしょうから、私はむしろ一層のローカル感を増して行くだろうと考えています。線路の砂利から草ぼうぼうなんて、23区内に他にあります?
かつて大岡山にある大学に世話になっており... この緑の車両、3000系というのですか、記憶にあります。
すごくなつかしいです。たぶん1年のときのみこれだったような(入学年特定か)。
右も左もわからぬ田舎者で、東京へ出てきて山手線(まだステンレス色じゃなかったはず)に何とか乗り、目黒に着いて乗り換えると、このちょっと古めの車両に「あら、大岡山というのは割と田舎なのかな?」とか思った記憶が。その後徐々に東京の地理がわかっていったのですが。
大学の友達も目蒲線やその他東急線沿線に住んでたし、電車の記憶は当時の記憶でもあり。