連合軍と枢軸軍 両方と砲火を交えたフランス艦…? 戦艦「リシュリュー」の波乱万丈

第2次世界大戦で激しく戦火を交えた連合国と枢軸国。この両陣営いずれにも所属し、いずれの陣営とも砲戦を繰り広げた戦艦がありました。名前は「リシュリュー」、当時のフランスを体現するかのように、時代に翻弄されたのでした。

「昨日の敵は今日の友」気付けば戦った相手の艦隊へ

 その後「リシュリュー」は、本国から充分な兵站を受けられないまま留め置かれます。そうしたなか1942(昭和17)年11月8日より、連合軍のモロッコとアルジェリアへの上陸作戦「トーチ作戦」が始まります。アルジェリアを守備していたフランス軍は一時抵抗し、「カサブランカ沖海戦」にてフランス艦隊は、今度はアメリカ艦隊とも戦いますが、結局フランス軍は降伏します。

 ヒトラーはフランス守備軍の降伏に激怒し、休戦条約を無視してフランス艦隊の接収を命令します。それに反発したフランス海軍は多くの艦艇を自沈させてしまう「ツーロンの悲劇」事件が起こりました。

 このドイツの休戦条約違反によって「リシュリュー」はようやく立場をはっきりとさせ、連合軍に加わることになります。損傷修理と残工事の完成のためニューヨーク海軍工廠に回航され、1943(昭和18)年10月10日に完工しました。

 1943年11月からは、かつて砲火を交えたイギリス艦隊に所属します。すでに宿敵だった「ビスマルク」は沈没しており、ヨーロッパ方面では出番がなく、1944(昭和19)年3月には対日戦のためイギリス海軍東洋艦隊に配属となりますが、日本艦隊との交戦機会もないまま終戦を迎えます。

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ジャワ島スラバヤの日本軍を攻撃した「トランサム作戦」に参加し、翌日1944年5月18日に空母「サラトガ」から撮影された「リシュリュー」(画像:アメリカ海軍)。

 その後「リシュリュー」は、1945(昭和20)年9月にインドシナのフランス植民地の独立をめぐる第1次インドシナ戦争に派遣され艦砲射撃を行いました。1947(昭和22)年4月と6月にはヴァンサン・オリオール大統領のアフリカ植民地訪問にも使われましたが、もはや戦艦も植民地主義も時代遅れでした。

 過去の栄光の残滓を惜しむように20年、予備役のまま留め置かれた「リシュリュー」は、1968(昭和43)年1月に除籍。9月に解体され、色々あったフランスの歴史をも体現するような数奇な経歴を閉じます。現在、ブレスト港の海軍基地敷地内に「リシュリュー」の主砲1門だけが残っています。

【了】

【画像】見れば納得 「リシュリュー」のレイアウトと「バイタルパート」

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、50年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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コメント

1件のコメント

  1. 日本の戦艦大和も主砲全部前に配置したほうが良かったと思う。

    実はその案もあった。

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