目的は“北千住で降りないで” 東武「浅草・押上う回制度」 2ルート定期券の先駆?

行きは地下鉄直通で、帰りは始発駅から、といった2路線利用を1枚で可能にする二区間定期券。その先駆ともいえる制度が、かつて東武スカイツリーラインに存在しました。しかし10年を経ず廃止に。実は苦肉の策で生まれたものでした。

北千住をどうにかしなきゃ! で生まれた制度

 しかし、いずれの制度も1997(平成9)年3月いっぱいで廃止されています。その理由は北千住駅の改良工事が完了したため。そもそも、う回制度自体、北千住駅の混雑を少しでも緩和するために生まれたものでした。

 う回制度があった時代の北千住駅は、東武線と地下鉄日比谷線が同一ホームに発着し、対面乗り換えが可能でした。さらに地下鉄千代田線や常磐線に乗り換える人がホーム上を錯綜。『東武鉄道百年史』には、「北千住駅のラッシュ時の混雑ぶりは際立ったものとして知られ、歴代の運輸大臣が必ず視察に訪れるほど」だったと記されています。

 日比谷線と千代田線の乗り入れにより、北千住は東武線における実質的なターミナルとなった一方で、都心側の浅草~北千住間には余裕が生まれました。そこで東武は、北千住の乗り換え客に、浅草方面まで乗ってもらうことでホームの混雑を緩和しようとしたのです。ただ、浅草駅も狭く10両編成に対応できないため、業平橋にホームを増設し、押上乗り換えルートも整備しました。

 並行して、北千住駅の“3層化”という抜本対策も進められ、1997(平成9)年に完成。1階が東武線ホーム、2階がコンコース、3階が日比谷線ホームになりました(一部は前年から使用開始)。同時に複々線区間も伸び、輸送力を大幅に増強しています。これに伴い、う回制度も役目を終えました。

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う回制度は、東武線から北千住ではなく浅草方面で地下鉄に乗り換えてもらい、北千住の混雑を緩和する目的があった(国土地理院の地図を加工)。

 そして2003(平成15)年には曳舟~押上間を介した地下鉄半蔵門線との直通運転も始まり、かつてのう回ルートが東武線からの「都心直通ルート」に組み込まれました。

 冒頭で紹介した西武や京王、小田急の二区間定期券は、いずれも2000年代以降に登場したもので、「帰りはターミナル駅で買い物をして、始発から座って帰宅」「休日の選択肢を広げる」といった使い方がPRされています。対して東武線のう回制度は、人口が増え続けていた時代、深刻な混雑を緩和するため、事業者間で手を取り合ったソフト対策というべきものでした。

【了】

【凄まじい混雑!】昭和の「北千住の朝ラッシュ」写真で見る

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