オトコの作業着です!「セーラー服」200年経ってもなお健在 女性のイメージついたワケは?
軍服から子供服、そして女子学生の制服へ
前述のように、イギリス海軍でセーラー服が採用されたのは、19世紀のヴィクトリア女王が統治した時代でした。イギリス海軍でセーラー服が採用される少し前の1846(弘化3)年に、当時、王室ヨットの水兵が着ていたセーラー服を気に入った女王は、のちにエドワード7世となる皇太子のために、その子供用を作らせたそうです。つまり、軍服として統一して採用される前に、セーラー服は早くも子供服になっていたといえるでしょう。
ヨーロッパの王室は互いに親戚関係にあり、女王は孫のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世にセーラー服をプレゼントしています。こうして各国の王室で、セーラー服は子供服のトレンドになりました。やがてイギリスでは女子学生の制服にも取り入れられていきます。
一方、日本における学生服は、明治初期に軍服を参考にした男子用の詰襟が普及したのが先でした。当時の女子学生は、現在でも大学の卒業式で見られる小袖の着物と袴が一般的で、そのスタイルは大正時代まで続きます。女子用のセーラー服は1920(大正9)年頃に京都にある平安女学院のワンピース型が最初といわれています。
マンガやアニメで有名な『鬼滅の刃』の舞台にもなった大正デモクラシーの時代には、和装・洋装を問わず、日本女性の間におしゃれなファッションが普及しました。そんな背景もあって、折り目のあるプリーツ・スカートと帽子がセットになったセーラー服は急速に広まり、昭和に入ると女学校の制服として定着していきました。
こうして、第2次世界大戦前には日本を含む各国の国民に浸透したセーラー服は、その出自が軍服と同じであることがわかるデザイン上の特徴を明確に残したまま、現在に至っているのです。
【了】
Writer: 時実雅信(軍事ライター、編集者、翻訳家)
軍事雑誌や書籍の編集。日本海軍、欧米海軍の艦艇や軍用機、戦史の記事を執筆するとともに、ニュートン・ミリタリーシリーズで、アメリカ空軍戦闘機。F-22ラプター、F-35ライトニングⅡの翻訳本がある。
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