「中央林間~五反田~川越市」の可能性もあった!? 東急田園都市線、幻の都心乗り入れ計画とは

「新玉川線」は田園都市線と縁が薄かった?

 まず、渋谷~二子玉川の新線は、田園都市線への乗り入れを考えていませんでした。当時の国の高速鉄道計画では「銀座線との直通」とされていたため、銀座線が採用する「第三軌条方式」、つまり中空に張られた架線ではなく、地上近くに設置された導電レール(第三軌条)から電気を取り入れる方式で計画されていたのです。

Large 220304 tokyu 02
架線の無い、第三軌条方式の東京メトロ銀座線(画像:東京メトロ)。

 それ以前の問題として、線路幅は銀座線が1435mm(標準軌)、田園都市線は1067mm(狭軌)です。田園都市線へ直通するには、田園都市線の線路幅を変更したうえで、さらに第三軌条方式に作り替えなければならず、まったく非現実的だったのです。

 その代わりに東急が「本命」として目論んでいた都心アクセスルートは、二子玉川から旗の台へ向かい、そこから渡り線で池上線に移り、五反田へ向かうというものでした。

 各方面への調整の結果、1962(昭和37)年の都市交通審議会答申で、地下鉄6号線として「桐ヶ谷方面から五反田、田町、日比谷、春日町、巣鴨を経て志村(現在の高島平)に至る路線」が設定。さらに1964(昭和39年)には、志村から延伸して大和町(現在の和光市)に向かい東武東上線に接続するルートも追加されたのです。田町以北は現在の都営三田線にあたります。ちなみに「桐ヶ谷」とは、戦前、池上線の大崎広小路~戸越銀座間で営業されていた駅です。

 地下鉄6号線のうち、五反田~泉岳寺はのちに浅草線となる地下鉄1号線に計画が変更。そこで東急は、桐ヶ谷から地下に入り、五反田から泉岳寺へ直通する自社の新線を建設することにします。

 この地下鉄整備計画は東急にとって、大いなる鉄道ネットワークに参入する野望を果たすものでした。つまり、田園都市線、大井町線、池上線から新線を経て地下鉄6号線に直通、都心の中枢を経由して、和光市からさらに東武東上線に直通、埼玉県域まで足を踏み入れるというものでした。線路の幅も同じ1067mm(狭軌)であるため、可能であったのです。

【幻に終わった田園都市線「五反田直通ルート」を見る】

テーマ特集「【鉄道計画特集】新路線 新駅 連続立体交差事業 次に開業するのはどこ? 過去にあった「幻の新線計画」は?」へ

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。