元祖「トモダチ作戦」自衛隊×米軍が救った伊勢湾台風の地獄 戦後屈指のヘリオペレーション

太平洋戦争後の自然災害として、東日本大震災や阪神淡路大震災に次ぐ犠牲者数を出した伊勢湾台風。当時はまだ警察や消防などにヘリがなかったため、自衛隊と米軍が頼りでした。戦後屈指の救助活動について振り返ります。

陸海空自衛隊の新鋭ヘリが結集

 ヘリコプターの出動といっても、当時はまだ日本国内のヘリは限られていました。自治体が保有する防災ヘリなど皆無です。たとえば警視庁航空隊が発足したのは伊勢湾台風後の1959(昭和34)年10月、愛知県警察航空隊は1961(昭和36)年9月であり、東京消防庁航空隊に関しては1967(昭和42)年4月でした。

 そのため、このときヘリコプターを組織的に運用できるのは、日本国内には自衛隊と海上保安庁しかなかったのです。こうして陸上自衛隊からはシコルスキーH-19Cとパイアセッキ(現ボーイング・バートル)V-44A、海上自衛隊からはシコルスキーHSS-1、航空自衛隊からは救難航空隊(現航空救難団)のH-19Cがそれぞれ出動し、被災地上空で活動を開始します。なお、これら自衛隊ヘリも1954(昭和29)年から順次配備が始まったものであり、陸上自衛隊のV-44Aに至っては発災と同年の1959年(昭和34)に配備されたばかりの新型機でした。

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伊勢湾台風で救助活動に用いられた自衛隊のヘリコプター(リタイ屋の梅作画)。

 かくして、自衛隊はこれらヘリコプターをはじめ最大で100個部隊、1万2000名を現地へ投入し、創設以来、最大となる災害派遣活動(当時)を行ったのです。

 被災地は広範囲にわたって深く浸水しているため、自動車での進入は不可能な状況でした。一方、ボートは低速で積載量も限られています。そこでヘリコプターの機動力が発揮されました。

 自衛隊はまず状況偵察、次いで救援物資の空輸を開始します。愛知県北部の航空自衛隊小牧基地と名古屋市内にある陸上自衛隊の守山駐屯地を拠点とし、名古屋市役所そばと名城公園などに臨時ヘリポートを設置して、飲料水、おにぎり、乾パン、キャラメル、衣類、ロウソク、ちり紙などのピストン輸送を行います。さらに、取り残された人々の救助、救急患者の搬送、医務官の派遣、消毒薬の空中散布など、あらゆる作業にヘリコプターを多用しました。

【米軍の貴重写真も】伊勢湾台風で救助活動に従事する自衛隊員ほか

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