タイヤ会社が生みの親「スーパーコルセア」高性能なのにナゼ消えた? 根底に垣間見える米国の凄まじさ

「スーパーコルセア」の大量生産なぜ消えた?

 F2G「スーパーコルセア」は1945年7月15日に初飛行します。約5000mという中高度域で、約700km/hの最高速度を叩き出し、抜群の視界を備えていたため、同機はすぐさま制式化され、量産型の本格生産も始められる手筈が整えられました。しかし、高性能っぷりを見せつけたF2Gが量産されることはありませんでした。

 というのも、初飛行の1か月後に大戦が終結したからです。その結果、F2G「スーパーコルセア」の本格生産は一転して中止となり、部分実験機や試作機を除く量産型は、わずか10機が生産されただけ留まりました。

Large 221201 f2g 03

拡大画像

グッドイヤーF2G「スーパーコルセア」の飛行シーン(画像:アメリカ海軍)。

 とはいえ、見方を変えるとグッドイヤーはF4U「コルセア」を約4000機も生産しています。これは同機の総生産数1万2500機あまりのうち、3分の1を占める数です。なお、大戦中の日本軍戦闘機で第3位の生産数なのが中島飛行機(現SUBARU)の四式戦闘機「疾風」で約3500機。これよりも多い機数を航空機メーカーではないグッドイヤーが生産しました。

 加えて、同社は前述したような大幅な改修でもはや別機ともいえるほどの高性能機「スーパーコルセア」の開発まで行っていたのです。とうぜん本業の方で軍用車両や航空機のタイヤを生産しながら、こうしたことを行っていたわけであり、このような大量生産能力と技術開発力こそ「デモクラシーの兵器工場」を自負する「マスプロ大国」アメリカのすごさを物語る一片といえるのではないでしょうか。

【了】

【写真】後ろ姿は案外違う? 「スーパーコルセア」を色んなアングルから

Writer: 白石 光(戦史研究家)

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。