幻の「地下鉄山手線」計画とは? 東急がガチで考えた「ハイパー副都心線」の顛末
「地下鉄山手線」その詳細な実像とは
調査、計画を担ったのはアーバン・インダストリーという東急系のデベロッパー(開発事業者)。決して絵空事ではなく、東急グループとして本気で検討していた構想だったことが分かります。
報告書は「都市機能の過度で無秩序な集中によって危機状態にある首都東京のその中でも、その核心部である千代田・中央・港の都心3区は、殊更、中枢管理機能を中心とする人口と産業が極度に過密化し、種々の社会的弊害を惹起しつつあるのが現状」との文言から始まります。
都心一極集中を脱するため、将来は全国新幹線網の拠点になり、再開発余地の大きい渋谷・新宿・池袋に注目が集まりますが、3つの副都心の弱点は「個々に発展し相互の連携が弱いこと」でした。そこで考案されたのが「地下鉄山手線」です。
東武東上線大山駅から分岐し、池袋駅西口(西口五差路交差点付近)、新宿駅西口(現在の京王プラザホテル付近)、渋谷駅西口(現在のセルリアンタワー東急付近)を経由し、東急東横線中目黒駅まで約14kmの地下線で接続し、東武から東急へ相互直通運転することで、3副都心の連携を強化し新都心を形成しようというのが目的でした。
建設は東急や東武など関係機関が共同出資する新事業体が担当。ちょうどこの報告書公表の5年前、1968(昭和43)年に、鉄道車両と乗務員を持たず鉄道施設だけを保有する鉄道会社「神戸高速鉄道」が開業していますが、地下鉄山手線の新事業体も、これと同様の役割を果たすことが想定されました。
駅は大山、下板橋、北池袋、池袋、東落合、小滝橋、大久保、新宿、参宮橋、代々木公園、松濤、渋谷、中目黒の13駅を設置。東武の大山~池袋間、東急の中目黒~渋谷間については、京王線と京王新線のような「分岐並行線」ではなく、新線と入れ替わりに旧線を廃止するというものでした。
池袋、新宿、渋谷はいずれも従来のターミナルから離れた位置に駅が置かれますが、新旧ターミナル間は動く歩道で接続する構想でした。大山~新池袋は東上線、中目黒~新渋谷は東横線の改良区間としての位置付けで、池袋~渋谷間の利用は別途初乗り60円(営団地下鉄は当時40円)の運賃がかかる立て付けでした。
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