タイへ渡った「北斗星」の機関車「どう動かせば…」 壊す寸前で救った日本人鉄道ファンの輪
惰性運転を取り入れること
技術指導ではタイ語へ翻訳する際、鉄道の専門用語があるため、木村さんの翻訳が適切か、辛島さんと確認します。日本とタイの技術者同士で身振り手振り意思疎通することもあり、お互いに言葉の壁を越えてニュアンスが伝わり、それを翻訳して確認するといった作業の積み重ねでした。
運転操作では、「タイの習慣なのか“力行”を続けるのです」と辛島さんが言うように、実際にタイの列車へ乗車すると、駅到着までエンジンを噴かし続け、ギリギリでブレーキをかける運転に遭遇します。DD51は力行し続けると、10分もすればオーバーヒートしてしまいます。適度に惰性運転しないと、炎天下のエンジンは持ちません。そのために運転指導も行い、2023年1月には改善されました。
偶然と偶然が重なり、いや、こうして自然と人々が集ったのは必然だったのかもしれません。AS社に渡った2両のDD51は奇跡的に復活しました。支援はこれからも継続して行い、AS社側も「複線化事業完了後も、何らかの形でDD51を使い続けたい」と意気込みます。今後は部品の確保が大きな課題であり、日本で廃棄された部品や互換性のある廃棄部品を確保する予定です。
2023年2月。クラウドファンディングのDD51見学会リターン事業がノンプラドックのAS社にて催され、1137号機の見学が叶いました。コロナ禍を挟み3年越しの開催です。この時は1142号機が現場作業へ活躍し、出張していました。機関車の調子は良いとのことです。
目の前の1137号機は、旋回窓が通常ワイパーとなり、タイ国鉄の建築限界に合わせて細部がリメイクされていますが、紛れもなく「北斗星」や「はまなす」を牽引したあの機関車です。元気な姿で我々の前に現れ、短距離ながら走行しました。
最後に、AS社の方から日本のファンの方へ重要な伝言です。
「DD51は普段現場にいるのでノンプラドックにはいません。日本から来ても会えないですが工事作業に活躍しているのでご理解ください」
これからも末永く活躍することを願っています。
【了】
Writer: 吉永陽一(写真作家)
1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。
「基盤の不具合、パッキンの劣化、2基あるエンジンの同調不足」とありますが、基盤ではなくて基板ではないでしょうか?