都営浅草線「西馬込支線」は「銀座線の一部」だった!? 東京メトロになるはずだった“名残”今も

京急が直通する都営浅草線は、泉岳寺~西馬込間では「支線」のような扱いになっています。電車も半分が当区間で折り返す「地味」な路線、なぜ誕生したのでしょうか。

馬込に地下鉄を作るべきだった「2つの背景」とは

 三田~馬込間は1925(大正14)年に出願されたもので、1929(昭和4)年までに全区間が免許されました。申請書類には「沿線中に電車庫を設置」し、「工事の残土搬出の便に供」したいと記されています。

Large 20230410 01
都営浅草線の起点駅、西馬込駅(画像:写真AC)。

 東京地下鉄道は、現在も銀座線用に使われている上野車庫を暫定的な設備とし、いずれは馬込の広大な土地に本設の車庫を建設したいと考えていました。さらに1930(昭和5)年頃には、京浜電気鉄道(現在の京急)の「五反田線」(蒲田~五反田)構想に呼応し、馬込~五反田間の共用を合意しています。

 また都市化が進んでいなかった馬込は新規事業を拡張する余地が大きいと期待されていたようで、東京地下鉄道の社長・早川徳次は1937(昭和12)年のインタビューで、池上本門寺の周辺に大住宅地と東洋一の娯楽場、動物園を建設したいという夢を語っています。

 しかし資金は行き詰まります。さらに当時、東京高速鉄道が「地下鉄3号線」新橋~渋谷間を建設し、浅草~新橋間と一体的に運行しようとしていました。主導権争いの結果、浅草~新橋間は3号線に編入されてしまいました。こうして2区間が合体して生まれた「浅草~渋谷」は、残る免許とともに新設の帝都高速度交通営団に引き継がれました。現在の銀座線です。

 ちなみに東京メトロは今も中馬込三丁目に3棟からなる社員寮を有していますが、これは東京地下鉄道が車庫用地として確保していた土地を転用したもので、銀座線が当初「浅草~新橋~馬込」で計画されていた名残のひとつです。

 いっぽう、1号線の計画ルートは戦後の見直しで、押上~新橋間の新ルートに戦前の新橋~馬込間を繋げた現在の姿へと変わり、1958(昭和33)年に交通営団から都に免許が譲渡されて「都営地下鉄」としての歩みが始まります。

【「銀座線 馬込行き」戦前の計画ルートを見る】

【鉄道計画特集】新路線 新駅 連続立体交差事業 次に開業するのはどこ? 過去にあった「幻の新線計画」は?

最新記事

コメント

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  3. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  4. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  5. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス