「通勤地獄」を作ったのは誰か? 戦後の焼け野原からの「理想的な都市計画」が大失敗に終わるまで

1945年に日本は終戦を迎えました。その前から東京の「通勤ラッシュ」は限界に達していたため、国は復興とともにこれを解決しようと試みたのです。

国が結局止められなかった「やばい通勤ラッシュ」地獄

 通勤利用者が増加し、都市圏の拡大で利用距離は長くなります。これに対応すべく国鉄は1960年代以降「通勤五方面作戦」に着手。中央線・東海道線・総武線・常磐線・東北線を複々線もしくは三複線化し、各駅停車と中距離電車を分離することで、1955年から1970年まで輸送力を19.7万人から29.8万人に増やします。

Large 20230524 01
中央線と総武線は快速線と各駅停車に分離され、各駅停車は直通運転を行った(伊藤真悟撮影)。

 しかしふたを開けてみれば、輸送人員も49.1万人から71.6万人に増加。混雑率は250%前後で横ばいのままに終わりました。

 首都圏の無秩序な拡大に抗ってきた都市計画も、1965(昭和40)年の「第二次首都圏整備計画」で緑地帯が廃止され、東京一極集中を事実上、追認する形となりました。

 1970年代以降、東京都の人口は1100万人強で横ばいとなり、その後の人口増加は神奈川、埼玉、千葉が中心となります。3県の人口は1970年の約1270万人から、1975年に約1537万人、1980年には1708万人へと増加し、バブル期まで増え続けました。

 これにより、それまで都心30~40km圏の「国電区間」が中心だった通勤圏が、優等列車や長距離列車が主体となる区間まで延びてしまったのです。

 過度な人口集中は都市全体の効率をかえって落とすばかりでなく、鉄道においても朝ラッシュ偏重の非効率な輸送体系をもたらします。国鉄は鉄道ネットワークのあり方を根本的に見直さざるをえなくなりました。その結末については、稿を改めて紹介したいと思います。

【了】

【画像】1960年代の通勤風景はこうだった

【鉄道計画特集】新路線 新駅 連続立体交差事業 次に開業するのはどこ? 過去にあった「幻の新線計画」は?

Writer:

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

最新記事

コメント

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  3. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  4. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  5. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス