どうせレプリカのロケット…え、NASAの本物!? 世界が注目の博物館 北陸に“宇宙の歴史”を集結させるまで

アメリカ製はNASAに直談判

 その方とはコスモアイル羽咋の仕掛け人である、高野誠鮮(たかのじょうせん)さんです。設立当時は羽咋市の職員だった高野氏は、宇宙をテーマにした町おこし事業を行い、1990年に「宇宙とUFO国際シンポジウム」をこの地で開催して、人口2万人の町に5万人もの来場者を集めました。

 その実績から、羽咋市の地域振興政策として国からの予算が下り、宇宙やUFOをテーマにした博物館が建設されることになり、これが今のコスモアイル羽咋へとなったそうです。

 しかし、建物の建設は決まっても、その中に置かれる展示物に関してはプランがなく、当初は模型やレプリカを考えていたとのこと。しかし、博物館に実物大のロケットのレプリカを置こうとしたら、その費用はなんと1億6000万円もかかることが判明します。

 また、博物館の定番といえる模型も、国内では製造できる業者が限られており、作ったとしても他の博物館と同じものを展示する形になることがわかりました。これでは羽咋市に博物館を新設する意味がありません。その結果、高野さんは本物のロケットや宇宙船を置くことを決意します。

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コスモアイル羽咋の全景。右側の白いのがNASAから譲り受けた「レッドストーン」ロケット(布留川 司撮影)。

 博物館の設計会社には「無理でしょう」と一蹴されますが、彼は羽咋市の職員になる前に、テレビの構成作家や科学ライターをやっており、行動派で物事を進めるには現場に行くのが一番だという信条もあったようです。単身でアメリカに渡ってNASAを直接訪問します。すると、当時のNASAは博物館などへの所有物の貸し出しには好意的で、日本国内での展示についても「問題ない」と回答してくれたそうです。

 NASAとの契約では期間を指定する必要があり、高野さんは自分の博物館でそれらを常設展示するために、その期間を「100年」と指定。これまでそのような期間を申し込んだ人や団体はなかったらしく、「こんなことを書いたのは今まで一人もいなかった」と担当者は驚いたそうです。しかし、逆にそれが高野さんの熱意として伝わったようで、結果として多くの品々を貸し出してもらえました。

 月面・火星探索車のプロトタイプ「ルナ・マーズローバー」や、「バイキング火星探査機」の使われなかった予備機、月の石などを借用し、アポロ司令船や月着陸船は、使用された機器や素材が入手できたため、精巧なレプリカを製作することができました。

 博物館正面に立つ巨大な「レッドストーン」ロケットは購入しましたが、その費用はレプリカを製作した場合の約1億6000万円よりも安く、加えて本体がマグネシウム合金製だったので潮風に晒されても錆びることがないため、メンテナンス費用も浮いたといいます。

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