空自入間基地の「一番古い保存機」とは? “殿”と成し遂げた「日本の空の原点」その後

イギリス人が開発したフランスの名機

 この「ファルマンIII」複葉機は、いうなれば航空創成期の“名機”です。開発は1909(明治42)年4月で、フランス在住のイギリス人アンリ・ファルマンが手がけました。

 彼は、飛行船の搭乗体験をキッカケにして空に憧れるようになり、1906(明治40)年6月にはフランス航空界のパイオニア的存在であったヴォワザン兄弟から複葉機を購入して自分で改造するなどしています。

 なお、このとき改造された飛行機は「ファルマンI」と呼ばれ、さらに改良されて「ファルマンI(改)」へとなったそう。ちなみに、その後「ファルマンII」の設計にも着手しますが、これは未完成に終わっています。

 しかし1909(明治42)年には、弟の力を借りて兄弟で航空機製作所であるファルマン航空社を設立、そこで新たに設計した「ファルマンIII」を完成させました。同機は1903(明治37)年12月に世界初の飛行に成功したアメリカの「ライトフライヤー」機と同様にプロペラが後ろに付いた推進式の複葉機でしたが、飛行士が寝そべって操縦した「ライトフライヤー」とは異なり座席を備えていました。

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「ファルマンIII」の操縦席部分。エンジンとプロペラを機体後方に搭載する、推進式と呼ばれる構造。なお、このエンジンも、シリンダーごと回転する、いわゆる「ロータリー式」と呼ばれる特徴的な構造である(吉川和篤撮影)。

 また、「ライトフライヤー」は翼をたわませて方向を変えていましたが「ファルマンIII」は世界で初めて実用的な補助翼を採用しています。これにより、操縦しやすい飛行機に仕上がっていただけでなく、機体下部に車輪を取り付けたことで、草地などでの離着陸を可能にしたのも特徴でした。こうして過渡期の航空機でありながら数々の新機軸を盛り込んだ同機は、当時の最新鋭機として各国に販売されたのです。

 このように、近代的な飛行機としての特性を数々備えた「ファルマンIII」は、開発された年から長距離飛行や航続時間で次々と新記録を樹立します。また、翌年の1910(明治43)年4月にイギリスで行われたエアレースでは、同機が優勝して1万ポンドの賞金を獲得。世界的な名声を獲た1910年型「ファルマンIII」は当時としてはベストセラーといえる130機も生産され、そのうちの75機が国外に輸出されたほか、イギリスやドイツではライセンス生産も行われています。

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コメント

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1件のコメント

  1. 所沢航空発祥記念館にしばらく展示され、2年ほど前に入間基地に帰ってしまった
    この期間は知らなかったのでしょうか?