「最短距離のブルートレイン」意外な使い方も!? 東京-北陸の“夜行列車”たち 急行は「深夜のホームライナー」

北陸新幹線の開通で東京から行きやすくなった北陸地方。それ以前は「遠い」場所であり、夜行列車がいくつも運行されていました。それらは様々な “裏ワザ”的使いかたもあったのです。

「深夜のホームライナー」だった「能登」

 急行「能登」の大きな変化は1993(平成5)年、機関車牽引+客車での運転が、ボンネット型車両を両端につないだ489系特急型電車に置き換わり、寝台列車としての運転を終了。翌年には運転区間を福井まで延長しました。

 1997(平成9)年の長野新幹線開業では信越本線の横川―軽井沢間が廃止されたため、運転経路を再び上越線まわりに変更し、2001(平成13)年には行き先を福井から再び金沢に戻しています。

 電車列車化当初の下り「能登」は、上野駅の発車時刻が23時58分と遅く、しかも高崎線内大宮-熊谷間で上尾、桶川、鴻巣と小刻みに停車することから、深夜に帰宅する乗客向けのホームライナー的な使い方もされていました。しかし、夜行列車に短距離客が押し寄せる状況は芳しくなく、その後、熊谷まで無停車となりました。2010年の下り列車の時刻は、上野23時33分発、金沢6時37分着。所要時間は7時間4分でした。

 そして2010(平成22)年のダイヤ改正で「北陸」が廃止された際、「能登」も臨時列車化して、車両は非ボンネット型の485系が用いられるように。しかし2011年以降、臨時列車としても運転は行われていません。

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「北陸」と「能登」の並び。これが2010年まで見られた(遠藤イヅル撮影)。

 このほか「能登」の臨時急行列車「能登81・82号」、ほくほく線経由で運転された臨時の「能登91・92号」、臨時急行列車「加賀」など、東京エリア-北陸地方を往復していた列車は数多くあります。

 現在は新幹線でひとっ飛びの区間を、旅情あふれる夜行列車がたくさん走っていたなんて、今となってはなんだか信じられない気もします。移動するための夜行列車から「乗って楽しむ」夜行列車が脚光を浴びる時代ですので、何らかの形で「能登」の復活を望みたいと思います。

【了】

【最高かよ!】急行「能登」にあった「サラリーマン歓喜な車両」(写真)

Writer:

1971年生まれの自動車・鉄道系イラストレーター/ライター。雑誌、WEB媒体で連載を多く持つ。コピックマーカーで描くアナログイラストを得意とする。クルマは商用車や実用車、鉄道ではナローゲージや貨物、通勤電車、路面電車、地方私鉄などを好む。

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