“西日本最大の赤字路線”の「秘境ターミナル駅」へ行ったら“意外にも大賑わい”だったワケ 「す、座れない…!」

春の青春18きっぷシーズン。どこに行こうかなと悩んでいる人に、ぜひ備後落合駅への訪問がオススメです。現状でも列車で到達するのが難しく、駅自体も存続の危機にあるといっても過言ではありませんが、意外にも、賑わっていました。

かつては確かに“要衝”だった

備後落合駅の開業は1935(昭和10)年。蒸気機関車が現役の時代には、機関区(米子鉄道管理局・備後落合駐泊所)が存在し、ターンテーブル、機関庫、関連する宿泊施設や官舎、詰所が建ち、鉄道マンが100人以上も働く要衝でした。それに合わせて駅前も発展。旅館、理髪店、食堂などを構え、山間ながらも活気溢れる町並みを作っていました。

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1976年当時の備後落合駅。蒸気機関車が活躍した最盛期が過ぎた頃だが、それでも交通の要衝という役目が強かった時代だけに、駅構内の建物は多く、駅前が栄えていたことが伺える(画像:国土地理院)

昭和30年代に入り、蒸気機関車が牽引する列車がディーゼルカーに置き換わって職員数も減ったものの、準急や急行の「ちどり」「たいしゃく」などが発着し、引き続き交通の結節点であり続けました。

しかし沿線人口の減少、“陰陽連絡”の主役が伯備線経由になったこと、モータリゼーションの発達などに伴い次第に衰退。1997年に無人化され、2002年には広島~備後落合間を結んでいた急行列車も廃止されたほか普通列車の本数も漸減。2021年時点での乗車人員は14名にまで減少しました。

現在の駅構内には、開業時に建てられた駅舎とターンテーブル・給炭台などがわずかに往時の姿を伝えるのみ。「眠らない駅」とまで呼ばれた過去が嘘のように静まり返っています。

前出した備後落合駅を通っていた急行「ちどり」は、芸備線・木次線を経由して広島~米子間で運転されていました。広島~米子間を乗り換えなしで結ぶ列車として利用率が高く、1980(昭和55)年まではなんと夜行便も運転されていたほどです。

1972(昭和47)年の伯備線特急「やくも」運転開始、そして1975(昭和50)年に山陽新幹線が全線開通後は次第に乗客を減らし、1990年には木次線への乗り入れを中止して広島~備後落合間に短縮。そして2002年に急行「みよし」に編入されて廃止を迎えています。

もう一つの急行「たいしゃく」は、広島~新見・岡山間を芸備線・伯備線経由で結んでいた列車です。広島~岡山間は新幹線「のぞみ」なら約30~40分で到着しますが、「たいしゃく」は広島~岡山をなんと4時間以上もかけて走っていました。今では考えられない経路です。1972年に新見~岡山間、1991年には備後落合~新見間の運転をやめ、「ちどり」と同じく2002年に廃止されました。

【意外なほど人が…!】これが「日本一の秘境ターミナル駅」です(地図/写真)

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