都会のオシャレさんたち「オフロードなバイク」にみんな乗ってた…なぜ!? かつての「ダートラ」ブームが残したもの
1990年代、渋谷や原宿といった若者の街では、オフロードレース向けの「ダートラ」仕様バイクが、オシャレなアイテムとして一世を風靡。手の込んだカスタムも流行しました。なぜ、そのようなブームが起こり、そして何を残したのでしょうか。
ファッション的に完敗してもレースは強かった!
ホンダにしてみればSR400(SR500)に注目を奪われるなか、「えーっと何だっけ?SR? でも君たちは知らないよね? 真の男のバイク。アメリカのダートラを!」といった当てコスリも含めて、あえてSR400(SR500)と同じビッグシングルにして、ダートラ仕様のモデルをリリースしたように感じます。

今見れば、FT400(FT500)のルックスはカッコ良くも映りますが、当時のバイク市場では意味不明に映ったのか1985年までの3年ほどで生産終了。同排気量のシングルではSR400(SR500)に完敗する格好になりました。
ただし、FT400(FT500)はアメリカのダートラレースでは好成績を記録します。これを受けホンダは、さらに一般にも乗りやすく改良したFTR250を1986年にリリース。外観は潔くダートラレーサー風に寄せ、ボディにゼッケンがつき、角目のヘッドライトやメーター類は「いつでもレース仕様にできるように」と脱着を可能にした斬新な仕様でした。
しかし、「徹底したダートラモデル」へ振り切ったことが裏目に出て、「角目がダサい」と販売が低迷。このFTR250も1989年まで3年間の生産という短命に終わります。
ここで意外な一手に出たのが、またヤマハでした。FTR250が登場した翌年の1987年に、TW200というリアにバルーンタイヤを履いたダート仕様車を発売します。
TW200は厳密にはダートラレース仕様を謳っていませんでしたが、フロント周りはFTR250同様の角形ヘッドライト。この時期のヤマハによるホンダへの当てコスリを感じますが、TW200も前例のないスタイルのバイクだったこともあり、著しいヒットには至りませんでした。
いったんここまでを振り返ると、日本におけるダートラはそもそもが「陸ダートラ」状態で、そこまで浸透するには至らなかったわけです。しかし90年代に入ってから、以前は不人気のマイナー車種だったFTR250やTW200に俄然、注目が集まるようになります。
コメント