都会のオシャレさんたち「オフロードなバイク」にみんな乗ってた…なぜ!? かつての「ダートラ」ブームが残したもの
1990年代、渋谷や原宿といった若者の街では、オフロードレース向けの「ダートラ」仕様バイクが、オシャレなアイテムとして一世を風靡。手の込んだカスタムも流行しました。なぜ、そのようなブームが起こり、そして何を残したのでしょうか。
スカチューン、ロンスイ、スパトラの「陸ダートラ」たち
1980年代後半、SR400によって「おしゃれにバイクにまたがる」層が増えた感がありましたが、当時はあくまでもイギリスのカフェレーサースタイル。そうではなく、軽いアメリカンスタイルを好む若者たち……いわゆる「アメカジ」「渋カジ」といったファッションを好む層に、FTR250やTW200がジワジワとウケ始めたのでした。
当初から目利きのショップではすでに両モデルのカスタムを始めていましたが、決定的だったのは、東京・杉並にあったカリスマショップ「モトショップ五郎」が手がけたカスタムでしょう。
バッテリーレス化などを行い、あえてエンジン周りをスカスカに見せるカスタム・スカチューン、リアのスイングアームを伸ばしたロンスイ仕様、スーパートラップマフラーへの変更などが定番でした。こういったカスタムを施したFTR250やTW200が、渋谷・原宿を行き交うようになり、ファッション誌などでも多く取り上げられ、一大ダートラブームの様相を呈しました。
このブームの影響を受け、2000年にはホンダがFTR250をリサイズし、FTR(223cc)としてリリース。オリジナルのFTR250で不人気だった要素を極力やめて、他モデルとの共用パーツをできるだけ多く使ったモデルでしたが、ダートラブーム終焉後も一定の支持があったようで、2016年まで生産が続きました。
一方のTW200は、人気テレビドラマで扱われるほどの「若者カルチャーの象徴」的な一時台を築きながらも、2008年に新基準の排気ガス規制へ適合せずそのまま生産終了。空前のダートラブームを担った2台は、こうして姿を消しました。
少ないながらも日本に生まれたダートラレース場
本物のアメリカのダートラをよく知る人、愛する人にとっては、日本でダートラの認知が広まりつつも、結果的には「陸ダートラ」ユーザーだけを増やしてブームが去ったことは、嘆かわしく思うかもしれません。
ただし、本場アメリカでのレース参戦当初から、ダートラには深い思い入れを持っていたホンダは、ダートラブーム真っただ中の1997年を皮切りに、2012年まで栃木の「ツインリンクもてぎ」に設置したダートラのレースコースで、クラス別のレースを行っていました。
以降、各地にもダートラのコースを持つレース場が少ないながらも登場。静かにダートラ愛好家を産むことになったのも、経済的にみれば、あの「陸ダートラ」ブームがあった影響が少しはあるように感じます。
今見てもなかなかカッコ良いダートラ仕様のFTRやTW。これらの中古車をカスタムして、本当のダートラレースに参戦するユーザーが増えてくれると良いなと思います。
Writer: 松田義人(ライター・編集者)
1971年、東京都生まれ。編集プロダクション・deco代表。バイク、クルマ、ガジェット、保護犬猫、グルメなど幅広いジャンルで複数のWEBメディアに寄稿中。また、台湾に関する著書、連載複数あり。好きな乗りものはスタイリッシュ系よりも、どこかちょっと足りないような、おもちゃのようなチープ感のあるもの。
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