大阪万博で“正念場?” JR大赤字ローカル線、異例の増発で「来て!」 国鉄時代からの宿題

多くの人が訪れる大阪・関西万博を誘客のチャンスととらえ、利用促進につなげるため、加古川線の赤字区間で増発が実施されます。40年前の国鉄時代に廃止を“免れた”区間ですが、今回が正念場となるかもしれません。

廃止されなかったのは「加古川線」だから

 では、なぜ西脇市~谷川間が電化路線として存続しているのか。それは路線名が「加古川線」であったからです。

 1980年代に国鉄の赤字ローカル線の整理がされたとき、加古川線から分岐する4つの支線、高砂線、三木線、北条線、鍛冶屋線が廃線候補となりました。

 当時、乗客数が比較的多かったのは加古川線加古川~野村(現・西脇市)間と、鍛冶屋線野村~西脇間で、加古川~野村~西脇間は毎時1~2往復、気動車が直通していました。一方、加古川線の野村~谷川間は本数も少なく、実態としては支線的な存在でした。

 西脇市など地元は鍛冶屋線を存続させようと乗車運動を展開し、全国的に話題となります。ただ、兵庫県が第三セクター鉄道化に難色を示し、1990年にバス転換されます。

 鍛冶屋線とともに西脇駅が廃止となったことで、代わりに野村駅が西脇市駅と改称されました。旧西脇駅が町の中心に位置していたのに対し、西脇市駅は市街地の南端にあり、市民の利用は不便になりました。

 当時、国鉄の赤字ローカル線の存廃問題は、路線単位で議論されました。加古川線全線の輸送密度は1970年代後半で4367人、1987年度で3301人でした。野村~谷川間の利用は当時から極端に少なかったのですが、加古川~野村間は多かった――当時のルールのお陰で存廃問題は顕在化せず、助かったのです。

状況が一変した阪神大震災

 1990年代、加古川線の西脇市~谷川間も廃線話が出たといいます。その空気が一転したのは、1995年1月の阪神・淡路大震災です。東海道本線芦屋~神戸間が不通となるなか、福知山線(電化)・加古川線(非電化)が迂回ルートとして活用されたのです。

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加古川~西脇市は103系が主力。小学生たちも通学で利用(森口誠之撮影)

 加古川~谷川間の列車は2月上旬で45本設定され、谷川駅での乗換客は震災前の1日260人が、8600人に激増しました。

 その後、兵庫県は震災復興プランに加古川線電化を掲げ、JR西日本に「被災時の迂回ルートとして重要だ」と要請しますが、色よい返事はありませんでした。逆に、JRは2001年に西脇市~谷川間の運転本数を1日15往復から9往復に減便します。完全民営化に向けて不採算路線の合理化を進める時期でした。

【ここです!】万博期間中に増発する「JR大赤字線区」(地図/写真)

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