「KK線」本当の“最後の日”がスゴすぎた! 66年を凝縮 二度と見られない光景が出現

銀座の自動車道「KK線」の廃止から約2週間後、その「クロージングセレモニー」が開催されました。66年の歴史のなかでKK線を走ったであろう、クラシックカーも大集結。その中のあるクルマのオーナーに、子供たちも歓声を上げました。

KK線は「なくならない」!?

 こうして自動車道としての役目を“完全に”終えたKK線。今後はどうなるのでしょうか。

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自動車道としての役目を終える銀座のKK線(乗りものニュース編集部撮影)

 KK線の再生プロジェクトには今回、「Roof Park Project」という名称がつけられました。式典に参加した小池百合子東京都知事は、KK線跡にできる銀座の歩行者空間を世界的なスポットとしたい考えで、「東京にきたらまずKK線に行ってみよう、となるよう、みんなで盛り上げてまいりましょう」と意気込みました。

 KK線の下は「銀座インズ」などの商業施設となっています。東京高速道路はそのテナント料で道路を維持し、無料で供用してきました。東京高速道路の花木万里子常務は、そうした商業施設や地域など「KK線の下」に営みがあることを踏まえ、屋根に上る非日常性を表現して「Roof Park」と名付けたと説明します。

 歩行者空間としての開通は、「2030年代から40年代」になるといい、「あと10年以上はかかる」と花木さん。これまで自動車道として供用されていたこともあり、詳細な設計はこれから行われるといいます。

 また、旧新橋出入口から汐留JCTにかけての首都高管轄の部分については、方針がまだ決まっていません。このように長期のプロジェクトとなりますが、花木常務はできるところから、部分的にでも早く供用をしていきたいと話します。

 ちなみに、東京高速道路のテナント収益は今後、Roof Park Projectの整備費に使われます。ただし、自動車道がなくなった東京高速道路が、大きく業態を変更するわけでもないといいます。

 というのも、首都高の出口として存続する東銀座出口の一部、わずか120mだけですが、その維持管理は東京高速道路に委ねられるからです。「ある意味、120mだけKK線が残る」(花木常務)ともいえるそうです。

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