片道2回のチェーン脱着で「想像を絶する渋滞」 スキーブームの“苦行”だった関東の峠とは? バイパス開通も皮肉な結果に
かつてのスキーブーム時代、群馬県の片品村方面へ向かうスキーヤーは、スキー場のはるか手前にある峠でチェーンの着脱を強いられました。この“苦行”を解消したバイパスが開通したときには、すでに状況は一変していました。
スキーヤーを苦しめた“二度のチェーン装着”
ウインタースポーツを楽しむためクルマでスキー場に向かうとき、現在の“常識”は「スタッドレスタイヤの装着」です。ただ日本列島がスキーブームに沸いた1980年代後半から90年代前半にかけては、スタッドレスタイヤはまだ一般的ではなく、多くのクルマはノーマルタイヤにチェーンという組み合わせでスキー場に向かい、スキー場が近づき道路に雪が見えはじめた段階でクルマをいったん止め、チェーンを巻いて再出発するのが通例でした。
ところが関東近郊には、「スキー場のはるか手前でチェーンを装着し、しばらく走ってからチェーンを外し、スキー場の手前で再び装着する」という“苦行”を強いられたスキー場エリアがありました。それは関越道の「沼田IC」から国道120号をアクセスルートとする、片品村方面のスキー場です。
国道120号は栃木県日光市から群馬県沼田市に至る主要国道ですが、沼田市から片品村方面に向かうと、郊外の白沢町の東で武尊山(ほたかやま)から赤城山に連なる険しい山並みが立ちはだかります。栃木県境の金精峠は冬季閉鎖となるため、冬は栃木県側からのアクセスはできません。
この山並みを越える「椎坂峠」は、沼田市街との標高差が大きく、また谷筋の日陰を急坂で縫うように走ることから、沼田市街や峠の向こうの利根町老神(おいがみ)に雪がなくても、降った雪は道路に残りやすく、またいったん融けた雪も夜間の冷え込みで凍り、道路がアイスバーン状態になることもしばしばでした。
そのため冬季には、スタッドレスタイヤを装着しているごく一部のクルマ以外は「峠を越えるため」だけに、往復とも、ここでチェーンの脱着が求められていました。
スタッドレスタイヤの便利さになれた現在では「なぜそうまでしてスキー場に?」というのがふつうの感覚でしょう。
しかし「スキーにはチェーン」が当たり前だった当時は、関越道の水上IC〜湯沢IC間にある関越トンネルでも、群馬県側の「谷川岳PA」、新潟県側の「土樽PA」でチェーンをいったん取り外す必要がありました(現在は非金属チェーンはそのまま通行可)。そのため片側1車線での開通だった関越トンネル手前の渋滞も激しく、新潟県湯沢町方面への週末のスキーは「早朝に東京を出てもスキー場に着くのは午後になってから」ということも珍しくありませんでした。そのため、椎坂峠でのチェーンの脱着も、片品村方面へのスキー場から足を遠ざける理由にはならなかったのです。
また当時の片品村方面には「武尊牧場スキー場」「武尊オリンピアスキー場」など、現在では廃業してしまったスキー場を含め、数多くのスキー場があったことも、このエリアが人気を集める理由ともなっていました。




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