首都高のトンネル合流なぜ怖い? 地下の「金太郎飴」構造と“右側合流”に隠された苦肉の策 過密都市・東京が生んだ「逆転の発想」
首都高の山手トンネルを走ると、暗闇の中で次々と現れる合流や分岐にヒヤッとします。なぜこれほど合流が多いのでしょうか。そこには、過密都市・東京の地下ならではの深い理由がありました。
土地がない! “右側合流”と“右側通行”の逆転の発想
山手トンネルの北側エリア(大橋~熊野町)を走ると、違和感を覚える場所があります。「西新宿JCT」の分岐や「富ヶ谷入口」からの合流が、追い越し車線側である“右側”に接続されているのです。
通常、合流や分岐は左側で行われますが、なぜ危険な右側なのでしょうか。これは、道路の両端(外側)にスペースを用意する余裕がなかった。すなわち、土地買収ができず、結果、地下空間の中央分離帯側(右側)のスペースを使うしかなかったという、苦肉の策といえるでしょう。
こうした「右側合流」のリスクを避けるために、新しくできた南側エリア(大橋~大井)では、さらに驚くべき対策がとられています。なんと、トンネル内の車線をあえて「右側通行」にしているのです。
これは対面通行という意味ではなく、並走する2本のトンネルがらせん状にねじれて左右の位置を入れ替えるというアクロバティックな構造です。
こうすることで、土地の制約があっても、走行車線と合流をドライバーが慣れ親しんだ「左側」に統一することに成功しました。
同じ山手トンネルでも、作られた時期によって「右合流の苦労」と「左合流への執念」が見て取れます。
土地がない東京の象徴ともいえるのが、大橋JCTです。わずかな土地で地下と地上の高低差70mを処理するために、まるでコロッセオのような“らせん階段”構造で道路を繋ぎました。
「ドライバー泣かせ」に見える複雑な合流や構造は、過密都市・東京で少しでも渋滞を減らすために、限られた地下空間をパズルのように組み合わせたエンジニアたちの努力の結晶といえるでしょう。





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