「有人戦車+無人兵器」を80年以上前にやっていた!? “最強戦車”の知られざる「早すぎた挑戦」 写真だけはやたら残っているワケ
21世紀の戦場で使われる無人機のルーツをたどると、第二次世界大戦に行き着きます。連合軍から恐れられたドイツ軍の重戦車「ティーガーII」が、無人兵器を扱う専門部隊に最初に配備されていたのです。どのような経緯だったのでしょうか。
ティーガーIIと“地上ドローンの祖先”が出会った意外な戦史
21世紀の戦場は無人航空機(UAV)の登場で一変しました。こうした無人機のルーツをたどっていくと、第二次世界大戦に行き着きます。しかもその中には、ドイツ軍が誇った最強クラスの重戦車「ティーガーII」が関係しています。
連合軍から「キングタイガー」と恐れられたこの重戦車も、当時の戦場を一変させるような戦闘力を持っていましたが、実は無人兵器を扱う専門部隊に最初に配備されていたのです。
ティーガーIIは、1944年に登場したドイツ軍最後の重戦車です。正式には「VI号戦車」と呼ばれますが、ティーガーIとは別物でI型、II型と区別されます。分厚い傾斜装甲と強力な88mm砲を備え、ティーガーIIの主砲に耐えられる連合軍戦車はないといわれました。
実戦で初めて使用されたのは、1944年7月11日のノルマンディー戦線でのこと。この時、運用したのは第503重戦車大隊でした。ところが、最初にティーガーIIを受領した部隊は別に存在します。装甲教導師団(パンツァー・レーア)隷下の第316無線操縦装甲中隊(第316中隊)でした。
無線操縦装甲中隊とはあまり知られていない部隊です。「無線操縦」と聞くと意外に思われるかもしれませんが、ドイツ軍は第二次大戦中、すでに遠隔操作兵器を実戦投入していました。代表例が小型の爆薬搭載車両「ゴリアテ」で、日本でもよく知られています。このゴリアテを大型化・高性能化したのが「Borgward B IV」と呼ばれる遠隔操縦式爆薬運搬車両でした。
この車両は基本自爆するのではなく、敵陣地や障害物の近くまで進み、爆薬を設置してから後退し、遠隔で起爆するという仕組みです。
ただしテレビカメラなどはなく、操縦者は目で見える範囲で操作する必要があったため、敵陣の目前まで前進する無人車の操縦任務は過酷でした。そこで必要になったのは、操縦者を守って前線で生き残れる防御力、出現する敵戦車や装甲車に対抗できる火力、無人車を発進、回収できる護衛能力を満たすという「誘導指揮車兼護衛戦車」です。この役割を担ったのはティーガーIでした。
第316中隊にはすでにティーガーIが10両配備されており、重戦車の運用に慣れた部隊だったのです。





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