JR中央線の「特快」なぜ定着? 60年走り続ける特別な「快速線の快速」 誕生時に語られた三つの理由

JR中央線の「特別快速」は、対抗する私鉄の存在や郊外人口の増加を背景に誕生しました。他の国鉄・JR線ではなかなか定着しなかった特別快速ですが、なぜ中央線では今も多く走り続けているのでしょうか。

特別快速が誕生した最大の理由

 そして最大の理由が、新宿~八王子(京王八王子)間で並行する京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の存在です。

 同区間のキロ程は国鉄が37.2km、京王が37.9kmとほぼ同等ですが、所要時間は国鉄が48分、京王は特急が37分、急行が44分でした。運賃も国鉄140円に対し京王は130円。さらに京王は1967年10月に高尾線を開業予定だったので、早急に対策を講じる必要があったのです。

 ただこの頃の特別快速は、限定的なサービスでした。当時、夕夜間は八王子まで無停車の急行列車と、新宿始発・立川まで無停車の中距離電車が1時間あたり計2~3本設定されており、特別快速を走らせる余裕がありません。

 朝ラッシュ上り方面も、輸送力を最大化するために全列車が快速(≒各駅停車)の並行ダイヤとしたため、追い抜きのある特別快速は設定できません(現在もラッシュピークは同様です)。そのため平日は10~16時(東京駅発)のみ、休日は9~18時(同)のみの設定となりました。

 そんな特別快速に変化が訪れたのは、民営化直後の1988(昭和62)年のこと。特別快速は「中央特快」に改称され、これとは別に青梅線直通の「青梅特快」が登場しました。ちなみに設定当初から国鉄部内では「特快」と呼んでいたそうです。続いて1993(平成5)年に朝ラッシュ上りの「通勤特快」が新設され、特快の運転時間帯を拡大しました。

 そして増便が続く特快に場所を譲るように、中距離電車の発着駅は、それまでの新宿から西の立川・高尾へと移っていきます。

 2013(平成25)年には中央線快速の最高速度が95km/hから100km/hに引き上げられ、中央特快新宿~八王子間の所要時間は最速33分に短縮。あわせて日中の中央特快・青梅特快の運行本数も平日は5本、土休日は6本に増発されました。

 JR東日本はその後、様々な路線に「特別快速」を設定しますが、運行本数や時間帯が限定的だったり、それもすぐに縮小・廃止されたりで、存在感のある列車はありません。

 今もまとまった本数を運行しているのは、他社を含めてもJR東海(東海道本線)、JR北海道(千歳線「エアポート」)くらいで、いずれも通常の快速より停車駅が少ない列車に割り当てられた名称です。

 その意味で中央線の特別快速は、単に停車駅が少ないというだけでなく、快速線の「快速」という特別な地位を築いているといえるでしょう。

【特快といえばこの「字」】かつて中央線を駆けた「特快」「中特」「青特」の表示を見る(写真)

Writer:

1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx

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