68年ぶりに“珍風景”も復活!? 広電に誕生した「循環線」本数少なすぎも仕方ない“2つの理由”とは?
広島電鉄に新系統「循環線L系統」が3月28日に開業しました。68年ぶりの“復活”となった循環線ですが、なぜか運行は日中のみ、本数も少数です。その背景には何があるのでしょうか。
住民の声と、広電の思惑が生んだ循環線
広島電鉄によると、循環線の開業の背景には、沿線町内会の強い要望があったといいます。
前述のとおり2025年8月の駅前大橋ルート開業にあたっては、計画中の2013年の段階で、旧線となるルートの電停は「猿猴橋町」とともに「的場町」「段原一丁目」電停も廃止対象となっていました。救済処置として代替路線バスも提案されたものの、八丁堀や紙屋町といった繁華街に行くのには乗り換えが必要になることから、2014年3月には両町内会が電停存続の要望書を提出。これが循環線開設のきっかけになったといいます。
とはいえ、朝夕の通勤時間帯には超過密ダイヤ状態となっている宮島・宇品線などのいわゆる本線に、循環線がさらに乗り入れるとなると運行に支障が出る可能性がありました。このため日中のみの運行となったのですが、住民の要望であった繁華街への直通電車の運行を優先させた結果だといいます。今後、利用状況などをみて、増便、運行時間の見直しが行われる可能性もあると筆者(坪内政美)は思います。
もう一つ、循環線には旧型電車、いわゆるレトロ電車の活用の場を用意する目的もあるといいます。
広電では最新連接車5200形や1000形の登場により、従来の「単車」は活躍の場を失いつつあります。しかし、それら単車のなかにはシックなレトロ電車があり、「走る鉄道博物館」といわれるほど。
もと元神戸市電の570形や1150形、西鉄北九州市内線で活躍した600形、もと京都市電の1900形、もと大阪市電の750・900形など、昭和の時代に他都市で廃止された電車が広電には集まってきています。また、1942年に製造され45年に広島で原子爆弾の被害にあいながら、いまも現役の650形「被爆電車」2両など、多くの貴重な車両を保有しています。
これらはイベント時だけでなく、主に朝夕の通勤通学時にも登板されていますが、連接車に比べて輸送人員が少なく、低床式ではないので利用者からは敬遠されがちです。しかしながら、これらの車両は広島にとって大きな観光資源になっています。
そこで、新たな循環線を主な活躍の場として用意し、市街地を周回する観光電車としての役割を持たせる目的もあるといいます。
実際に5月からは、これらレトロ電車の運用をホームページで公表する取り組みが予定されています。住民の声で生まれた「新・循環線」は、ファンにとっても目が離せない路線になるのでしょうか。
Writer: 坪内政美(スーツの鉄道カメラマン)
1974年生まれ、香川県在住。いつでもどこでもスーツで撮影に挑む異色の鉄道カメラマン・ロケコーディーネーター。各種鉄道雑誌などで執筆活動をする傍ら、予土線利用促進対策協議会のアドバイザーやテレビ・ラジオにも多数出演するなど、鉄道をワイフワークに活動している。著書に「鉄道珍百景」「もっと鉄道珍百景」「駅スタンプの世界」「100万キロを走ったセドリック」(いずれも天夢人刊)がある。





廃止された電停として挙げられている「猿猴橋」は「猿猴橋町」が正しい。調査・確認不足。
ご指摘ありがとうございます。修正いたしました。