道に埋め込まれた「ナゾの“不”印」はUFOの着陸地点? 実は英国人技師の置き土産 足もとに100年以上ある「隠れ近代化遺産」

東京都内の路上でたまに見かける「不」の字に似た石の印。UFOの着陸マークという都市伝説もあるようですが、実は日本の近代化を支えた重要な「しるし」でした。

東京独自に進化した道路埋め込み式「不」印

 その後、国家的な測量事業は日本陸軍測量局に一本化され、水準点の印は「不」から「・」に変更されます。

 一方、急速な都市化に伴い、起伏の多い都心で上下水道を整備する必要から、明治30年代初め(1890年代末頃)から、東京市は独自に標高測量を行います。鉄道馬車や路面電車(市電)の敷設ルートを選定する時に、馬車・電車が登坂できるかどうかの参考データとしても重宝されたと思われます。

 その時、目印として、引き続き「不」印を起用したようです。しかも使用方法を独自に進化させ、「不」印を垂直面ではなく、道路に埋めた「水平几号高低標」としています。

 水平几号高低標の場合、「不」印の真ん中に測量用ポールを立てて使ったようですが、すでに「ベンチを掛ける」という「不」印本来の目的は失われています。しかも、どうやら東京独自のもので、他の場所では見られないようです。

 水平几号高低標は都内の次の場所などに現存します。設置から100年以上が経過しており、今や貴重な“遺跡”です。

・台東区橋場の白髭橋西詰近く

・新宿区大京町のJR千駄ケ谷駅・新宿御苑近く

・新宿区余丁町

・文京区白山の東京メトロ南北線東大前駅近く

・文京区小日向台町小学校横

・港区麻布台のロシア大使館近く

・千代田区九段北

 数年前までは、20か所弱が存在していたようですが、道路の拡幅工事や区画整理の時に撤去される例が多く、現在では10か所強が残る程度で、“絶滅”も懸念されます。

【実は足もとに】明治時代からずっとある「不」印の数々(写真)

Writer:

1962年、東京生まれ。法政大学文学部地理学科卒業後、ビジネス雑誌などの各編集長を経てフリージャーナリストに。物流、電機・通信、防衛、旅行、ホテル、テーマパーク業界を得意とする。著書(共著含む)多数。日本大学で非常勤講師(国際法)の経験もある。

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