海自ヘリ護衛艦「しらね」本当は「こんごう」になるはずだった? たった1人の政治家“鶴の一声”で決まった異例の命名劇とは
海自の艦艇は、防衛省の「自衛艦の名称等を付与する標準」に基づき、護衛艦であれば山岳、気象、河川、地方名(旧国名)などから名称が付けられるとされています。しかし、過去に一例だけこのルールに反した艦がありました。
かなりイレギュラーな方法で命名された艦?
海上自衛隊の艦艇は、防衛省の「自衛艦の名称等を付与する標準」に基づき、護衛艦であれば山岳、気象、河川、地方名(旧国名)などから名称が付けられるとされています。しかし、過去に一例だけこのルールに反し、イレギュラーな方法で命名された護衛艦がありました。それが「しらね」です。
昭和50年度計画の5200トン型ヘリコプター搭載護衛艦として建造された「しらね」は、1980年に就役し、当時の護衛艦隊に直轄艦として配備されました。ネームシップでもあり、同型艦はしらね型と呼ばれました。
就役当時は海上自衛隊で最大の護衛艦であり、旗艦として国内外のVIPをもてなす設備が整えられていたことから、日本を訪れた外国艦艇のホストシップや政府高官の視察艦として数多く活躍しました。さらに観艦式では10回にわたり観閲艦を務めるなど、「海上自衛隊の顔」として長く任務に就いた艦でもあります。
しらね型の先輩にあたるヘリコプター搭載護衛艦ははるな型であり、後継のひゅうが型も含め、いずれも旧海軍で使用されていた名称が引き継がれています。また、「しらね」の姉妹艦である「くらま」も、日本海軍時代には巡洋戦艦(建造時は装甲巡洋艦)に用いられていた名前です。
このように伝統的な命名が多い中で、「しらね」は初めて付けられた名称です。艦名の由来は南アルプスの「白峰三山」とされています。したがって命名規則から完全に外れているわけではありませんが、単独の山ではなく、北岳・間ノ岳・農鳥岳の総称を採用している点で異例といえます。
では、なぜこのような艦名になったのでしょうか。その背景には、当時の日本政治に大きな影響力を持っていた一人の政治家の存在があったとされています。





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