かつては「渡るのに2時間!?」ハチャメチャに渋滞した橋が大変貌中! 工期16年いま後半戦 貴重な多摩横断ルートどう変わる

東京都の府中市と多摩市を結ぶ「関戸橋」の架け替え工事が11年目を迎えています。かつて“渋滞の名所”として知られたこの橋の工事はなぜ16年もの長きにわたるのでしょうか。

かつては“2時間待ち”も 「鎌倉街道」関戸橋の今

 多摩川を渡る「関戸橋」の架け替え工事が11年目を迎え、新しい橋の形が明らかになってきました。

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府中市側から見た「関戸橋」。架け替え工事前は上り線だった「新関戸橋」に、鎌倉街道下り線がオフセットしてつながる(植村祐介撮影)

 京王線の中河原駅近くに架かる関戸橋は、東京都府中市と多摩市を結ぶ都道18号「府中町田線」、通称「鎌倉街道」の道路橋です。国分寺方面から南下する「新府中街道」と「鎌倉街道」は一体となり、“多摩南北道路”のひとつとして北多摩・南多摩を横断し町田市・相模原市へ至る貴重な4車線ルートを構成しています。

 鎌倉街道の起源は、鎌倉時代、幕府の置かれた鎌倉と上州(現在の群馬県)を結ぶ「往還道」として開かれた道で、当時の歴史書「吾妻鏡」にも「下道(しもつみち・しものみち)」として紹介されています。

「鎌倉街道」と呼ばれるようになったのは、ほかの往還道同様に江戸時代です。ただ1930年代までは、この多摩川を渡る部分は「関戸の渡し・中河原の渡し」として、渡船が交通手段となっていました。

 ここに初代の関戸橋が架けられたのは1937年で、片側1車線、幅員8.0mで整備されました。その後、多摩市側の住宅開発などによる交通量増を見据え、1970年、上流側に3車線、幅員12.5mで歩道も確保した「新関戸橋」が上り車線(多摩市→府中市)用として架けられ、初代の橋は2車線の下り車線(府中市→多摩市)となります。こうして上下合わせて5車線が確保された関戸橋ですが、多摩川の両岸を結ぶ交通量の増大は当初の想定以上でした。

 しかも当時、関戸橋の上流側は約5km離れた国道20号(現都道256号)の「日野橋」、下流側は約3km離れた「是政橋」で、かつ川に沿ってこれらの橋を連絡する道路の整備が不十分であったことから、1980年代から90年代にかけて、関戸橋は“渋滞の名所”として知られるようになります。その混雑ぶりは「渋滞の最後尾に並んでから橋を渡るまで2時間かかる」とも言われたほどでした。

 この状況が解決に向かうのは、1990年代後半以降となります。東京都の「多摩川中流部橋梁架橋計画」に基づく新規橋梁として都道20号(野猿街道)の「府中四谷橋」が1998年に開通、さらに国道20号「日野バイパス」の「石田大橋」が2003年に一部開通し、多摩川を渡る交通事情が改善され、関戸橋の渋滞も落ち着きを見せるようになるのです。

【ここか!】昔は超絶渋滞「関戸橋」のいまの状況(地図/写真)

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