「ジャンボジェット」政府専用機の27年 引退迫る日本国内最後の旅客用747型機(写真11枚)

27年の歴史にはあの「北朝鮮電撃訪問」も

 当時「ジャンボジェット」は世界中の憧れの高級大型旅客機でしたが、政府専用機に購入しようなどという「贅沢な」国は製造国アメリカや産油国以外では日本位のものでした。日本から無給油でヨーロッパや北アメリカの主要都市に飛ぶことができる当時唯一の機材であったことが表向きの選定理由とされていますが、当時日米間には貿易摩擦という大問題がありました。アメリカの対日貿易赤字を少しでも減らそうと、無理やり高級な「ジャンボジェット」を買ったという一面もあります。

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現用の747型政府専用機の秘書官室(月刊PANZER編集部撮影)。

 747型政府専用機は1991(平成3)年9月に1番機、11月には2番機が到着し、1992(平成4)年に総理府から防衛庁(のちの防衛省)に移管、航空自衛隊の機体識別番号が与えられ、航空自衛隊特別航空輸送隊が運用する1993(平成5)年2月の渡辺美智雄 副総理兼外務大臣(当時)訪米が初任務となりました。同年9月には天皇皇后両陛下欧州ご訪問で運航されています。

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現用の747型政府専用機。随行員席(準VIP席)(月刊PANZER編集部撮影)。
現用の747型政府専用機の事務室(月刊PANZER編集部撮影)。
現用の747型政府専用機の一般客席。随行記者などが利用する(月刊PANZER編集部撮影)。

 寄港地は世界中250か所を超え、国交が無い北朝鮮の平壌空港に「ぶっつけ本番」で寄航(2002〈平成14〉年9月の小泉首相〈当時〉の訪朝)もしています。通常政府専用機は要人輸送で初めての寄港地には本任務前に、予行として事前訓練飛行することが多いのですが、国交の無い北朝鮮の平壌に軍用機登録した機体をおいそれと飛ばすわけにも行かず、まさに「電撃訪問」となりました。平壌空港の受け入れ態勢も明らかでなかったため、往復できる燃料はもちろん不測の故障に備えてパーツ、工具、整備員をできる限り随行させ、食料も搭載しました。小泉首相も訪朝中の食事は政府専用機で運んだ弁当だったと言われています。

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コメント

4件のコメント

  1. 日航の事故では瓢箪形の胴体に圧力が均等に分散されないとか、当時は1系統の油圧とかSR44とLR44の短距離用と長距離用の離発着回数の耐久性とか、自分は全日空の同機種に搭乗しましたが、確か?二階席に上等級席が配置されてましたが様々な配列があるようですね。
    自分はロッキードのトライスターが好きでしたが一度も乗ることができませんでした。
    自分の車も一部の部品が供給されなくたった年代物なのですが部品の欠品で葬るのもかわいそうなので手放せないでいますが本腰の製品が去る現代は寂しいかぎりですね。

    • 現代が寂しい訳ではありません。あなたの年代物のお車がデビューした時代にも、同じ様に思った旧車オーナーは居られたことでしょう。

      諸行無常。

  2. B747は言っても日本の航空史にとっても金字塔なので、もし許されるのなら機密部分を解除して1機は展示用に残してもらってもいいような気がする(NCAさんのは貨物機だから中入っても大抵の人がポカーン状態になると思うしなぁ)。JALANAは言ってもほぼ砂漠送りにしたしなぁ……。

  3. ジャンボジェット導入は、当時日本からアメリカ東海岸まで直行できる機体だったという事情もあったように思う。
    個人的初飛行が沖縄海洋博への往復の747だったから、日の丸ジャンボが消えるのは寂しい。
    737、747、767は乗ったが、ダグラス系の旅客機に乗れなかったのも悲しい。