都営大江戸線が環状運転にならなかったワケ 都庁前駅はオイルショックで誕生?

オイルショックが計画の転機に

 ところが直後に日本をオイルショックが襲います。国や東京都の財政状況は悪化し、開発計画は抜本的に見直されることになり、12号線の計画は凍結されてしまいます。検討を再開させるには、できる限りの建設費削減と乗客数の増加により採算性を確保するしかありません。

 そこで東京都は、20m車両10両編成の「フル規格」を断念。車両を小型化して駅の規模とトンネル断面を縮小し、建設費を削減することにしました。またリニア地下鉄を採用したことで、通常の鉄道よりも半径の小さなカーブや、急な勾配を走れるようになり、ルート選択の自由度が高まりました。

 この特性を最大限活かして再検討したところ、新宿駅や飯田橋駅への接続、汐留や六本木など大規模開発予定地の経由、都庁や公共施設へのアクセス性を高めたルートに変更することで、採算性を確保できるだけの利用が見込めることが分かり、12号線計画は実現に向けて再び動き出すことになりました。

 この過程において、新宿駅で線路をつないで環状運転することも検討されましたが、周辺の道路形状や道路幅、地形の制約から、費用面、技術面であまりにもハードルが高いため断念されました。当初12号線は新宿駅の地下3階を通過する予定だったのが、ホームを設置するために地下7階に変更されています。新宿駅で放射部の分岐、立体交差を行うためにはさらに地下深くにトンネルを造らねばなりません。建設費の節約を至上命題とする12号線にとって、到底選びようのない選択肢だったというわけです。

【了】

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コメント

1件のコメント

  1. 石原は戦犯。「大江戸線」の名称は18年経った今でもダサく感じる。12号線の方がまだマシ。